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蓑虫騒動(読み)みのむしそうどう

百科事典マイペディアの解説

蓑虫騒動【みのむしそうどう】

江戸時代,越前(えちぜん)国・若狭(わかさ)国などで起こった百姓一揆の総称。1768年の福井城下で約2万人が年貢(ねんぐ)全般にわたる要求をかかげて参集したのをはじめ,1779年の丸岡藩領,1786年の勝山藩領,1833年の小浜(おばま)藩領などでの一揆がある。多くの場合に打毀(うちこわし)を伴ったが,一揆は計画的かつ組織的に進められ,ほとんど一揆側が勝利を収め,処分を受ける者がなかったとされる。一揆の参加者が顔に墨や煤を塗って,破れ笠・破れ蓑(みの)を着けていたことから,蓑虫と称したとされるが,史料には〈百姓蓑虫〉〈蓑虫騒立つ〉〈蓑虫徒党〉などとみえる。そこに領主側の恐れ,百姓側の誇りを見ることができる。

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世界大百科事典 第2版の解説

みのむしそうどう【蓑虫騒動】

江戸時代において越前などで起こった打毀(うちこわし)などを伴った大規模な百姓一揆の総称で,特定の一揆をさす名称ではない。史料上では,〈百姓蓑虫出る〉〈丸岡御領内蓑虫騒立つ〉(藩政史料),〈七月廿七日夜六ッ時みのむしをこし候〉(一揆廻状),〈蓑虫徒党致すまじく〉(村法)などと表現されている。参加者が顔に墨やすすを塗り,破れ蓑や破れ笠を着けていたことから,藩側は侮蔑と恐怖をもって,百姓側は誇りと自覚をもって,それぞれ蓑虫と称したと思われる。

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世界大百科事典内の蓑虫騒動の言及

【越前国】より

…1644年(正保1)丹生郡米ヶ浦の一村逃散をはじめ,97年(元禄10)の勝山藩,1724年(享保9)丸岡藩,48年(寛延1)福井藩,56年(宝暦6)天領(本保騒動),58年郡上領(石徹白(いとしろ)騒動),68年(明和5)福井城下,71年勝山藩,79年(安永8)丸岡藩,83年(天明3)大野藩,1834年(天保5)には福井藩で大規模な一揆,打毀が起こっている。これらは参加した百姓の風体などから蓑虫騒動とも呼ばれた。藩校には丸岡の平章館,鯖江の進徳館,福井の明道館,勝山の成器堂,大野の明倫館があった。…

※「蓑虫騒動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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