改訂新版 世界大百科事典 「薫製」の意味・わかりやすい解説
薫(燻)製 (くんせい)
smoking
肉や魚を木材の煙(薫煙)でいぶして,特有の風味をもたせると同時に,保存性を増すことをいい,そうしてできた食品を薫製品という。薫製は人類太古から行われていた。それはたぶん,穴ぐらの天井につるしておいた獣肉がたき火の煙でいぶされ,美味になっていることを発見し,さらに腐りにくくなっていたことを発見したのが始まりだろう。したがって,薫製の原料は国によって異なっている。西洋ではブタ,トリなどの鳥獣肉が中心であり,日本では魚介類が中心である。
原理
木材を加熱すると,木材の成分であるセルロースやリグニンが熱分解を起こし,分子の小さい物質が煙として発生する。この煙の中には,アルデヒド類(ホルムアルデヒド,アセトアルデヒド,フルフラールなど),フェノール類(フェノール,クレゾールなど),酸類(ギ酸,酢酸など)が含まれている。これらはいずれも強い芳香を有すると同時に,油の酸化を防止する作用,および微生物の発育を阻止する作用が強い物質である。したがって,これらの煙成分が吸着した肉や魚は芳香を有すると同時に,酸敗しにくくまた腐敗しにくい。食品添加物としてソルビン酸などの合成保存料,あるいはジブチルヒドロキシトルエンなどの合成酸化防止剤が開発されているが,薫煙に含まれる物質は,これら合成品に劣らないほど強い効力をもっている。
製法
(1)冷薫法 食品をあらかじめよく塩漬し,20~30℃で4~5日間薫煙する。したがって,製品の水分は35~45%となり,肉は固くしまる。歯ざわりが固く,風味も強く,薫煙が肉の中まで達しているので貯蔵性も高い。(2)温薫法 食塩の添加量を少なくし,70~80℃で短時間(4~5時間)薫煙する。したがって,製品の水分含量は60~70%と多く,肉はやわらかい。歯ざわりもよく,美味であるが,貯蔵性は劣る。(3)熱薫法 100℃以上で2~4時間薫煙する。(4)液薫法 木材の乾留物である木酢液からタール物質を除いて作る薫液に,原料を浸漬(しんし)して簡便に仕上げる。(5)電気薫煙法(電薫法) 原料に20kV程度の電気を通し,電気集塵(しゆうじん)機の原理で,煙の成分を吸着しやすくして,薫煙時間を短縮する。
薫煙はスモーク・ハウスと名付けられた薫煙室で行う。薫煙室は内部を煉瓦か石綿でおおった鉄製の箱で,ガスあるいは炭火の上に材木やおがくずをのせて煙を発生させる。小規模のものは一般のレストランにも備えられ,自家製の薫製品の製造が行われる。大規模のものは自動化され,一方から原料を入れ,反対側から薫煙の終わった製品が出てくる。
薫材
薫煙を発生させるのに用いる木材で,まき状のものと,おがくず状のものがある。タール分の多いスギやマツは用いられず,カエデ,カシ,ナラなどの堅い材質のものが用いられる。北アメリカではヒッコリー,北ヨーロッパではカシ,ブナが最上品といわれる。製品の色が良くなるといって,仕上時にのみヒバ,サクラなどを用いることもある。
薫製品の種類
ハムやベーコンもその製造工程中に薫煙をとり入れている。ニワトリを枝肉のまま薫煙した薫鶏,鶏卵またはウズラの卵を薫煙した薫製卵,そのほか薫製チーズがある。日本では魚介類の薫製品が多く製造されている。最も高級なものはサケの薫製で,日本ではベニザケ,西洋ではマスノスケを用いる。スモークサーモンと呼ばれる。ニシンは西洋においてよく用いられる。薫煙の程度の低いものは冷蔵または缶詰にする。油漬した缶詰もある。日本では1950年になって,北海道で大量にとれ出したスルメイカを原料としたイカ薫製品が多く生産されている。皮をむいたスルメイカを水洗後,しょうゆ,砂糖などで味付けし,温薫法で薫煙した後,輪切りにし,砂糖,化学調味料で味付けしたもので,口当りが良い。
執筆者:田島 真
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報