カエデ(読み)かえで(英語表記)maple

翻訳|maple

日本大百科全書(ニッポニカ) 「カエデ」の意味・わかりやすい解説

カエデ
かえで / 楓
maple
[学] Acer

カエデ科(APG分類:ムクロジ科)カエデ属の総称。モミジともいうが、これは紅葉するという意味の動詞「もみず」の名詞化したもので、秋に紅葉する植物の代表であるカエデ類をさすようになった。植物分類上はカエデとモミジはともにカエデ属樹木を表す同義語であるが、園芸界ではイロハモミジオオモミジハウチワカエデなどイロハモミジ系のものをモミジといい、それ以外のイタヤカエデウリハダカエデなどをカエデとして区別する習慣がある。日本では一般にはカエデに、楓の漢字をあてるが、中国で楓とはマンサク科(APG分類:フウ科)の植物であるフウのことで、カエデは槭と書く。フウは日本には自生しないが、葉形がややカエデに似ているので両者を混同したのであろう。しかしフウは葉が互生なので、対生のカエデ類とは簡単に区別がつく。もっともトウカエデだけは中国でも三角楓と書く。

[横井政人 2020年9月17日]

分類

カエデ科はカエデ属とコムクロジ属の2属に分けられるが、科としては非常によくまとまったグループを形成し、科内での種の分化は著しく、多様な外部形態的変化を示し、種の区別が明確であるものが多い。したがってカエデ属をさらにいくつかの属に分けることも行われてきたが、普通は属の下の節(せつ)の単位で小グループに区分する。

 属のなかを分類する場合の重要な性質は、冬芽(とうが)の鱗片(りんぺん)の数、花序の形態とつき方、花の性質と性などである。かつては葉の形態が重要視されたこともあったが、これはかならずしも節の特徴とはなりえない。冬芽の鱗片は幼い芽を保護して外部を覆っている鱗(うろこ)状の薄片で、2枚ずつが対(つい)をなして十字対生する。これが2対のものから11~15対もあるものまで、各節に特有の性質として定まっている。花序は円錐(えんすい)状、穂状、単総状、散形状などがあり、頂芽からも側芽からも出るか、側芽のみからしか出ないか、また基部に葉を伴うか伴わないかなどに分かれる。花は本来は花弁5枚、萼片(がくへん)5枚、雄しべ8本、雌しべ1本を備えた両性花であったものが、進化の過程で雄花と雌花へ分化する傾向を進めてきたとみられ、(1)同一花序内に雄花と両性花が雑居する(雌雄同株)、(2)雄花と両性花が別の木につく(雌雄異株)、(3)雄花と雌花が別の木につく(雌雄異株)の3型が各節の特徴として認められる。一般に両性花の雄しべは雄花の雄しべより花糸が短く、機能的には雌性と思われる。また(1)(2)では雄花にも痕跡(こんせき)的な雌しべが残っている。このような分化に伴って各要素の数の一連の退行現象がみられ、もっとも分化の進んだトネリコバノカエデ節では花弁0、萼片4~5枚、雄花の雄しべ4~6本に減少する。しかしメグスリノキ節のように花弁、萼片各6枚、雄しべ12本と多くなっている場合もある。これらの性質の組合せによって、世界のカエデ属を細かくみると25節に分けることができるが、そのうち日本には次の14節がある。(1)ウリカエデ節、(2)ヒトツバカエデ節、(3)テツカエデ節、(4)オガラバナ節、(5)イロハモミジ節、(6)アサノハカエデ節、(7)ミツデカエデ節、(8)カラコギカエデ節、(9)ハナノキ節、(10)イタヤカエデ節、(11)クロビイタヤ節、(12)メグスリノキ節、(13)カジカエデ節、(14)チドリノキ節。このうち(2)(3)(14)は日本に固有の節である。

[横井政人 2020年9月17日]

 APG分類ではカエデ属とキンセンセキ属(コムクロジ属)はムクロジ科に統合され、カエデ科は消滅した。

[編集部 2020年9月17日]

分布

世界にカエデ属の樹種は約160種あるが、もっとも多いのは中国からヒマラヤ地方にかけてで約90種あり、ついで日本に26種、ヨーロッパに13種、北アメリカに13種で、そのほか若干種が小アジアやアジアの亜熱帯から熱帯に分布する。北半球の温帯を分布の中心とする典型的な属であるが、オガラバナ、ミネカエデなど数種は亜寒帯山地に生育し、またただ1種A. laurinum Hassk.はフィリピン、マレー半島から赤道を越えてジャワ島やチモール島まで分布する。ヨーロッパや北アメリカに種類が少ないのは第四紀更新世(洪積世)の氷河時代の厳しい気候のためで、とくに前者ではアルプスの障壁に南下を阻止された多くのカエデがこの時期に滅亡したと考えられている。たとえばイギリスに自生するカエデは1種、ドイツやフランスでも4種しかない。しかし化石は多く発見されている。アジアでは氷河の影響が比較的穏やかであったため種類が温存された。南北に長い日本は面積の小さいわりに種類が多く、かつ形態的変化に富む。秩父(ちちぶ)や日光付近にもっとも種類が多い。

[横井政人 2020年9月17日]

園芸品種

カエデの園芸品種は数多くある。代表的品種名と葉の特徴などを以下に示す。

〔1〕ハウチワカエデの園芸品種
舞孔雀(まいくじゃく) 葉が基部まで細裂し、白斑が不規則に入る
〔2〕イロハカエデの園芸品種
限り錦(かぎりにしき) 斑(ふ)入り
置霜(おくしも) 葉が縮れた感じの葉変わり品種
千染(ちそめ) 千汐(ちしお)ともいう。新葉が紅色
赤地錦 青崖(せいがい)ともいう。新葉が紅色
十寸鏡(ますかがみ) 砂子模様で葉の縁(へり)が紅色
土蜘蛛(つちぐも) 葉が巻く
日笠山 覆輪斑入り
獅子頭(ししがしら) 葉が巻く。葉形は小さい
〔3〕オオモミジの園芸品種
野村 紫紅色
大盃(おおさかずき) 秋の紅葉が鮮やか
旭鶴 桃色葉に白色の斑が不規則に入る
一行寺(いちぎょうじ) 黄色葉
大明(だいめい)錦 紫紅色に桃色斑が入る
紅鏡 濃紫色
猩々(しょうじょう) 紅色が鮮やか
〔4〕ヤマモミジの園芸品種
羽衣(はごろも) 矮性(わいせい)
錦重(にしきがさね) 黄色が葉の縁から中央部に入る
松ヶ枝(まつがえ) 白色で覆輪状の斑が入る
珊瑚閣(さんごかく) 枝が紅色。冬季がとくに美しい
金欄(きんらん) 紅紫色
清姫 矮性。盆栽用
琴姫 東京八房(やつふさ)ともいう。矮性
小紋錦 黄色。砂子斑が入る
織殿錦(おりどのにしき) 白色の斑が不規則に入る
鴫立沢(しぎたつさわ) 葉脈が濃緑色
爪紅(つまべに) 葉の縁が紅色で、上品な感じ
治郎枝垂(じろしだれ) 枝垂。葉が細裂しない
手向山(たむけやま) 紅枝垂ともいう。枝垂。赤色
青枝垂 枝垂。緑色
外山錦(とやまにしき) 枝垂。紫紅色に桃色の斑が入る
青の七五三 緑色。細葉。裂片の長さが違う
赤の七五三 赤色。細葉。裂片の長さが違う
〔5〕イタヤカエデ(トキワカエデ)の園芸品種
常盤(ときわ)錦 白色の斑が不規則に入る
薄雲 葉全体が白色になる
星宿 葉全体に白色の斑が細かく入る
〔6〕トウカエデの園芸品種
宮様八房(やつふさ) 丸葉。矮性
幣取山(ぬさとりやま) 葉全体が白色になる
五色カエデ 白色葉に桃色の斑が入る
和光錦 新芽は白色で、かすかに桃色がさす
 これらのほかに、近年は洋種カエデの栽培もあり、比較的古くからあるネグンドカエデやコブカエデも含め、次のものがある。

〔7〕ネグンドカエデ(トネリコバノカエデ)A. negundo L.の園芸品種
斑入りネグンドカエデ
黄金葉ネグンドカエデ
〔8〕コブカエデA. campestre L.の園芸品種
ほうき立ち性、枝垂性、細葉で細裂性、黄金葉性など、さまざまな品種がある。

〔9〕ギンカエデ(ギンヨウカエデ)A. saccharinum L.の園芸品種
レオポルディ(黄白色で、掃き込み斑が入る)
ウオーレイ(新葉が黄色)
エレクツム(直立性)
〔10〕ノルウェーカエデA. platanoides L.の園芸品種
ドラモンディー(白色で覆輪)
クリムソンキング(紅紫色)
[横井政人 2020年9月17日]

栽培

植え付けは適湿地で排水のよい砂質壌土がよく、日当りのよい場所が紅葉によい。植え付け時期は10~11月ごろとする。剪定(せんてい)は自然形にするようにし、枯れ枝、ふところ枝、からみ枝などをとり、軽く枝すかしをし対生枝の片方を交互に取り除いて自然に伸ばしていく。太い枝を切ると腐れをおこすこともあるので、切らないほうがよい。カミキリムシの幼虫が幹に入って害をおこすので、虫穴に浸透性殺虫剤を入れる。繁殖は実生(みしょう)、取木を主とし、品種によっては挿木もできる。

[横井政人 2020年9月17日]

名所

古くから各地に名所があるが、北海道の大沼公園、定山渓(じょうざんけい)、那須(なす)高原、日光国立公園、妙義山、上高地、高尾山、富士箱根伊豆国立公園、京都の三千院、清水寺(きよみずでら)、嵐山(あらしやま)、奈良の竜田川などがよく知られている。

[横井政人 2020年9月17日]

利用

カエデ材は一般に辺心材の区別がなく、淡黄白色ないし紅白色を呈し、緻密(ちみつ)で、絹糸のような光沢があって美しい。なかでも日本のイタヤカエデ、北アメリカのサトウカエデ、ヨーロッパのセイヨウカジカエデなどは高木となり、材質が優れる。気乾比重0.6~0.7、強靭(きょうじん)で、床板、運動具(スキー板、ラケット枠など)、家具、細工物などによく用いられる。特殊な用途としては、バイオリンの側板および裏板、ピアノのアクション部材、ボウリング場の床板およびピンなどがある。バイオリン杢(もく)、鳥眼杢(ちょうがんもく)のような美麗な木目(もくめ)を表すことがある。イタヤカエデやウリハダカエデはこけし用材ともされる。また、サトウカエデの樹液からかえで糖をとることはよく知られているが、十和田湖付近のイタヤカエデからも一時かえで糖の生産が行われていた。ちなみに、カナダの国旗は中央に大きくサトウカエデの葉が1枚描かれており、それほどにこのカエデは同国の国花(シンボルツリー)として親しまれている。

[緒方 健 2020年9月17日]

文化史

日本は世界のカエデ類の野生種の中心地の一つであるが、園芸上も世界に類をみない発達を遂げた。モミジを含め、名の残る品種数は200を超す。カエデはすでに奈良時代に栽培下にあったことが、『万葉集』の「わが屋戸(やど)に 黄変(もみ)つかへるで 見るごとに 妹を懸けつつ 恋ひぬ日は無し」で明らかである。かへるではカエデの古名で、葉の形がカエルの手に似ることに由来する。カエデの品種は江戸時代に爆発的に増加した。伊藤伊兵衛三之丞は元禄(げんろく)の『花壇地錦抄(かだんちきんしょう)』(1693)で楓(かいで)の類として23の名をあげる。うち板家(いたや)は現在のハウチワカエデであるが、高雄をはじめモミジ系が多い。伊藤伊兵衛正武は『増補地錦抄』(1710)と『広益地錦抄』(1719)にそれぞれ36、『地錦抄附録』(1733)に28のカエデを和歌とともにあげた。これらの書物に出る名は重複するものを除いて114にも及ぶ。

[湯浅浩史 2020年9月17日]

『大井次三郎他編『モミジとカエデ』(1968・誠文堂新光社)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カエデ」の意味・わかりやすい解説

カエデ
Acer; maple

カエデ科カエデ属の落葉高木の総称。広く北半球の温帯に分布し,日本では 20種以上の自生が知られ,また庭園にも植えられる。葉はすべて対生し,葉の形はいろいろあるが,カエルの手のように裂けているものが多いためカエデの名がある。また秋の紅葉が美しいのでモミジとも呼ばれる。春,枝先に散房または総状花序を出して,多数の小花をつける。花は4~5枚の萼片と花弁があり,黄緑色,緑色,赤色などがある。しばしば雌雄の別がある。果実は2室から成り,おのおの長い翼があり,落下するときに種子が舞って飛散する。材は器具や家具材として有用なものが多い。また北アメリカのサトウカエデ A. saccharumの樹液から,上質の砂糖をとる。日本産のカエデ属のなかで山地に広く自生し,また最も普通に植えられるものはイロハモミジ,ヤマモミジ (山紅葉)イタヤカエデ (板屋楓)などで,葉は5~7に深く裂け,典型的な形を示す。ハウチワカエデ (羽団扇楓)は北海道から本州中部の山に多く,葉は大型で9~13に裂ける。ヒトツバカエデ,チドリノキは葉が分裂せず,特異な形である。またミツデカエデ,メグスリノキなどの葉は,3小葉から成る複葉,北アメリカ産のトネリコバノカエデは羽状複葉である。漢名の楓はまったく別種である。

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