日本大百科全書(ニッポニカ) 「リグニン」の意味・わかりやすい解説
リグニン
りぐにん
lignin
木質素ともいう。維管束植物の道管、仮道管などの木部に多量にみいだされる高分子物質。とくに木材中には乾物量の20~30%に達する量が含まれる。化学構造はベンゼン環に炭素3個がついたフェニルプロパン型の炭素骨格からなり、これが多数互いに側鎖と側鎖、ベンゼン環と側鎖の間で結合した樹枝状構造をもち、分子量5万以上の重合体である。多くの溶媒に不溶のため、パルプ製造の際には亜硫酸処理によってリグニンを可溶化して除去する。
高等植物の分化した組織を薄片にしてフロログルシン(トリオシキベンゼン)塩酸溶液で染色すると、顕微鏡下で細胞壁に沿って赤い呈色が見られる。これはリグニンのコニフェリルアルデヒド基に基づく反応である。細胞分裂を終えたばかりの若い植物細胞は細胞壁もまだ薄く柔らかであるが、しだいにセルロースの一次壁がつくられ固さを増してくる。木化はこのような成長のごく初期からおこり、成長点にある若い細胞でも分裂の数日後にはリグニンの反応が認められるようになる。木化が進むと細胞は分裂の能力を失い、老化して細胞の働きも停止する。しかし、こうして木化が進むことによって細胞どうしが互いに結合し、木部の組織が強固になって、自然の風雨にさらされる植物体をしっかりと保つようになる。細胞壁中ではリグニンはセルロース、ヘミセルロース、ペクチンのような多糖類と強く結合して細胞壁の物理的な強化に役だっている。またセルロースなどの多糖類はリグニンに覆われることで化学的な抵抗力も増す。植物細胞の外側には、初めセルロースを主体とした一次細胞壁が形成されるが、細胞が成熟するにしたがって、セルロースのミセル構造の間にリグニンが沈着し、細胞壁が強固になる。これとともに物質の交換が妨げられ、リグニンが細胞壁全体に広がって一定量に達すると、細胞壁の肥厚が止まる。この過程を木化とよび、あらゆる高等植物細胞でみられる。木化は成長のごく初期からおこるが、木化の進行とともに細胞の老化が進み、最終的には生活力を失う。
植物の進化の程度にしたがい、リグニンの構成成分にいくらかの違いがみられる。裸子植物の針葉樹のリグニンはグワヤシルプロパンがおもな構成単位である。シダ植物のリグニンも針葉樹に似るといわれる。これに対して広葉樹で代表される双子葉植物のリグニンは、グワヤシルプロパンに加えてシリンギルプロパンが主体となり、それゆえメトキシル基CH3O-の割合が針葉樹リグニンよりも高くなる。単子葉植物のリグニンはグワヤシルプロパンとシリンギルプロパンのほかにp-ヒドロキシフェニルプロパンを含んでいる。これらのフェニルプロパン単位が互いに側鎖と側鎖、ベンゼン環と側鎖の間でエーテル結合し、またベンゼン環どうしがジフェニル(ビフェニル)結合して、たいへん入り組んだ重合体となり、リグニンを形成している。
リグニンの生合成は、フェニルアラニンより桂皮(けいひ)酸を経て生成するフェニルプロパノイドが前駆物質となって、これが細胞壁でペルオキシダーゼによって酸化重合して進行する。工業的には、パルプ製造過程における亜硫酸パルプ、ソーダパルプの廃液から大量に回収され、そのアルカリ分解によって得られるバニリンは香料などの工業原料として用いられる。
[吉田精一・南川隆雄]
『八浜義和・上代昌著『リグニンの化学』(1946・日本評論社)』▽『日本林業技術協会編・刊『林業技術史第5巻 林産化学編ほか』(1975)』▽『吉田精一・南川隆雄著『高等植物の二次代謝』(1978・東京大学出版会)』▽『榊原彰著『木材の秘密――リグニンの不思議な世界』(1983・ダイヤモンド社)』▽『石倉成行著『植物代謝生理学』(1987・森北出版)』▽『中野準三編『リグニンの化学――基礎と応用』増補改訂版(1990・ユニ出版)』▽『Y・リン・スティーヴン、W・デンス・カールトン編、中野準三監修、飯塚尭介訳『リグニン化学研究法』(1994・ユニ出版)』▽『樋口隆昌編著『木質生命科学シリーズ2 木質分子生物学』(1994・文永堂出版)』▽『瓜谷郁三編著『ストレスの植物生化学・分子生物学――熱帯性イモ類とその周辺』(2001・学会出版センター)』