薬との正しい付き合い方(上手な医療の利用法)

六訂版 家庭医学大全科 の解説

上手な医療の利用法
薬との正しい付き合い方
(健康生活の基礎知識)

●医薬分業の進展

 「薬は両刃の剣だ」とよくいわれます。「クスリは逆から読めばリスクだ」ともいわれます。薬は病気を回復させ、しばしば人の生命を救います。しかし使い方を誤ると、時として健康を害し、生命を失うこともあります。主作用の反面、必ず副作用もあるのです。薬という化学物質を体のなかに入れることは、本質的に有害なことなのです。

 薬は正しく付き合っていかなければならないものです。医療事故のうち投薬ミスの割合はかなり多いのです。薬の量を間違える。間違った薬を投与される。患者を取り違えて渡す。副作用についての注意不足……。

 日本では長く、医師が処方し、かつ調剤して患者に薬を渡すという形がとられてきました。これは欧米などでは考えられないことです。医薬分業が行われていなかったのです。しかし近年、日本も医薬分業が急速に進んできました。患者は医師から処方箋を発行してもらい、薬局に行き、薬剤師に調剤してもらって薬を受け取る。医師と薬剤師が責任分担を明確にして分業する制度が医薬分業です。今様の言葉で言えば、医薬分業はグローバル・スタンダード(世界標準)なのです。

 ともあれ、世界のなかでも日本は医薬分業の進んでいない特異な国だったのですが、やっとグローバル・スタンダードに近づきつつあることは、まずは喜ばしいことです。

 医薬分業という制度を私たちがうまく活用していけば、薬の事故を防ぐなど大きなメリットがあります。医師は薬のことは何でも知っているように思われがちですが、医薬品の薬理作用などについては必ずしも専門家ではありません。医師は、診察、診断、手術などに専念し、薬のことは専門家である薬剤師に任せるほうが、薬の使用がより安全になるのです。

●医薬分業のもつ意味とメリット

 医薬分業をしている、すなわち「院外処方箋」を発行してくれる医師、あるいは医療機関を選ぶことが、患者にとって意味もありメリットがあると思います。医薬分業になると、医師は患者を診察し、病状にあった薬を処方します。患者は院外処方箋を受け取り、それを街の調剤薬局に持っていきます。薬局では薬剤師が処方箋に基づいて調剤し、薬を患者に渡します。

 院外処方箋のよいところは、自分ののむ薬の名前がわかることです。そして、薬剤師が専門家の厳しい眼で薬の名前、量や使用方法が間違っていないか、薬の組み合わせにおかしいところはないかをチェックします。もし疑問があれば、処方箋を発行した医師と意見を交換したあとでなければ調剤できないことになっています。

 医師も院外の、すなわち外部の薬剤師のチェックにさらされるわけですから、処方箋を発行する時、より慎重になるというわけです。この意味でも、医薬分業をしている病院や診療所を選ぶメリットがあります。

 医薬分業方式を採用していない医療機関にかかった時でも、医師に「院外処方箋を発行してください」と希望することはできるのです。医師法にも、そのことが明記されています。

●「かかりつけ薬局」をもちましょう

 最近、医薬分業が急ピッチですすんでいます。今まで通っていた病院や診療所を訪れると、「当院は医薬分業を行うことになりました。」というような掲示を見ることが多くなりました。そして、病院や診療所のすぐ近くに調剤薬局ができていたりします。

 医薬分業に慣れていない日本人は、意味がよくわからないまま、すぐ近くの薬局に行くことになります。病院や診療所のすぐ前など、至近距離にある薬局のことを「門前薬局」といいます。

 多くの人は門前薬局に行かなくてはならないと思い込んでいますが、そんな決まりはありません。院外処方箋はどこの薬局に持っていってもいいのです。あなたの家の近く、あるいは職場の近くの便利なところ、しかも、このことがもっとも肝心なのですが、親切で気兼ねなく相談に応じてくれる薬剤師のいる薬局を「かかりつけ薬局」に選ぶことです。

 街の薬局のなかで「基準薬局」という看板を見かけます。これは日本薬剤師会がつくった制度で、かかりつけ薬局を選ぶ時の目安になると思います。

 かかりつけ薬局をもつと、あなたや家族の「薬歴カード」(くすりのカルテ)をつくり、薬の重複やのみ合わせなどをチェックしてもらえます。寝たきりの患者の場合などには、自宅に薬を届けてもらえたり、説明・相談に応じてもらうこともできます。

 内科、整形外科耳鼻咽喉科……と複数の診療科を同時に受診することはありませんか。それぞれの医師から数種類の薬が処方されると、全部合わせると10種類以上の薬をのむということもありえます。複数の医師が出した薬のなかには、同じような作用の薬が重複していることがよくあるものです。薬と薬の相互作用もチェックしないと危険です。患者の薬の使用歴、アレルギーの有無、過去の副作用の記録など「薬歴カード」を一本化して管理してもらうと安全です。

 いくら医薬分業といっても、それぞれの病院や診療所の門前薬局に別々に行ったのでは、あまり意味がありません。一度かかりつけ薬局を決めたら、できるだけ長く付き合うと、薬歴カードも充実することになり、賢い薬との付き合い方になると思います。調剤薬局の薬剤師は真剣に取り組んでおり、総じて親切に対応しています。

●薬局のリスクマネージメント

 薬を誤って投与したり誤ってのむことを「誤薬」といいますが、時には命に関わる医療事故につながることもあります。それだけに薬剤師は調剤事故の防止には神経をつかっています。調剤薬局の薬剤師は、どんなリスクマネージメントを実行しているのでしょうか。

①処方箋受付

 患者の姓名を確認します(もちろんフルネームで)。まれにですが、病院や診療所の間違いで他人の処方箋を持ってくることもあるといいます。患者が小児の場合、かならず体重を確認します。小児の場合、体重によって薬の量を決めるからです。

②処方箋の内容を点検する

 処方箋の記載内容を細かくチェックします。手書きの場合は読みにくいものがあります。しかし無理に判読しようとしないで医師に直接問い合わせます。最近はオーダリングシステムといって、コンピュータで入力することが多くなっています。これは手書きと違って確かに読みやすいのですが、油断大敵です。薬の名前はほとんどカタカナなので、入力ミスが起こりやすいのです。

③薬歴を確認する

 副作用やアレルギーの有無、併用薬との相互作用はないかなどをチェックします。

④正確な調剤をする

 調剤する薬剤師が、再度、薬名、分量、用法、容量を確認します。

⑤薬を患者に渡す時

 患者の姓名、薬袋(やくたい)の姓名を照合します。

 調剤薬局は、以上のようなことを行っています。医薬分業とは、単に医療機関と薬局が切り離されただけではないのです。このあたりをよく理解して、正しい薬との付き合い方を考えていきたいものです。

●「ゲット・ジ・アンサーズ」を実行する

 「ゲット・ジ・アンサーズ」(“Get the answers”)とは「答えてもらおうよ」という意味です。

 1983年にアメリカで始まった運動で、薬について医師や薬剤師に「遠慮なく質問して、答えてもらおうよ」というキャンペーンです。80年代の日本は、医師に薬のことを聞くことがなかなか難しかった時代です。

 1996年から日本薬剤師会はアメリカとまったく同じキャッチフレーズを使って運動を始めています。薬のことは何でも薬剤師に聞いてください、と患者に訴えかけています。

 日本薬剤師会は、薬を上手に使用するために、質問する時のポイントとして次の5つをあげています。

①この薬の名前は?

②何に効くの?

③服用する前に注意することは?

④副作用は?

⑤ほかの薬や食べ物とののみ合わせは?

 ①の薬の名前については、医薬分業になって処方箋をもらえばわかるようになりました。

 ②については、当然ながら何に効く薬か知っておく必要があります。血圧を下げる薬であるとか、痛みを抑える薬であるとかです。

 これは日本薬剤師会のホームページで注意していることですが、狭心症の発作を予防する薬で「貼り薬」の形をしているものがあります。皮膚に貼っておけば有効成分が皮膚を通して吸収され、心臓の血管にはたらくのです。この貼り薬を、「狭心症に効く」ということを知らないで、肩こりや腰痛に効く薬であると誤解すると大変なことになります。実際に腰痛の薬だと誤解して使ったお年寄りがいたそうです。命に関わることもあるといいます。

 ③については、「毎食後3回服用」とか、「1日2回服用」というように薬ののみ方はいろいろあります。1日に2度しか食事をとらない人はどうすればいいのか、医師や薬剤師に納得のいくまで質問するべきです。

 ④の副作用については、あらかじめ処方された薬の副作用を知っておけば、それらしき症状が出た場合、いち早く医師や薬剤師に相談することができます。副作用かなと思ったら、すぐに医師や薬剤師に連絡すべきです。薬の副作用は軽いものから、時に命に関わる重篤なものまであることを忘れてはなりません。

 ⑤については、ある薬とある薬をのみ合わせると薬が効かなくなったり、逆に効き目が強くなったりします。このことを薬の「相互作用」といいます。薬と食品との間にも相互作用があります。時には生命を奪う相互作用もあるのです。生命を奪わないまでも、同時に多くの種類の薬をのむと、相互作用が多く現れる危険性があるといわれています。

 「のみ合わせ」は薬同士ばかりとは限りません。食品や飲み物との食べ合わせやのみ合わせも、思いがけない作用をみせることがあります。

 脳血栓などの治療や予防に用いる抗血栓薬(血液を固まりにくくする薬)でワルファリンカリウムという薬があります。この薬と納豆を一緒に摂ると、薬の効き目が弱くなります。納豆菌は腸のなかでビタミンKをつくりだし、そのビタミンKがワルファリンカリウムの作用を妨げるのです。また、ある種の高血圧の薬とグレープフルーツジュースを一緒にのむと、薬の作用が増強し、血圧が下がりすぎる危険性があることが知られています。

 アルコール類とののみ合わせも注意しましょう。一部の糖尿病薬、精神安定薬、睡眠薬、抗うつ薬などと一緒にのむと、危険な場合があります。

●医師や薬剤師にこれだけは伝えよう

 医師の診察の時、症状などを医師に伝えるのはもちろんですが、薬を安全に使うために、次のようなことは必ず伝えるようにしましょう。

①女性の場合、妊娠の有無(最終月経開始日)

②女性の場合、授乳中であるか

③ほかに治療中の病気など(眼科や歯科も含む)があればその病名

④ほかにのんでいる薬……大衆薬も含めて具体的に名前まで

⑤薬などでのアレルギーや副作用の経験……具体的にどんな薬で、どんな症状が出たか

 この5項目は薬剤師にも伝えましょう。同じことを医師に伝えたからいいだろう、と考えるかもしれませんが、薬の安全のためには二重、三重のチェックが大切なのです。とりわけ薬剤師は貴重なチェッカーなのです。

●市販薬(大衆薬)を利用する時

 医師の処方箋のいらない薬のことを専門的にはOTC(Over the Counterの略)といいます。いわゆる大衆薬と呼ばれるものです。代表的なものは、かぜ薬、胃腸薬、外用鎮痛消炎剤、解熱鎮痛剤、目薬、ドリンク剤などがあります。これらは医師の処方箋なしで売られているものなので、副作用も問題にならず、安全な薬だろうと思いがちです。

 しかし、テレビや新聞で広告され、誰でも知っているような有名ブランドのかぜ薬の副作用で死亡した例もあるのです。処方薬と大衆薬は同じ薬なのです。クスリですからリスクもあることを忘れてはなりません。

 大衆薬のなかには、「スイッチOTC」というものがあります。これは元々処方薬だったものが、処方箋のいらないOTCになった薬です。処方薬と大衆薬は別のものと考えられがちですが、じつは境界線は曖昧なのです。

 大衆薬だけでも副作用で死に至る事故が起こっていますが、大衆薬と医師の処方する薬との相互作用も無視できません。自分がのんでいる薬はすべて薬剤師に伝えてアドバイスを受けるべきです。

 ディスカウントストアやドラッグストアで簡単に手に入る大衆薬は、きわめて安易に使われているようです。日本人は薬好きといわれますが、大衆薬に対しても緊張感を持って使用したいものです。

●「登録販売者」とは何か

 いわゆる大衆薬に対しても緊張感を持って服用したいといいましたが、大衆薬に対して新しい制度がスタートしました。2009年から施行された改正薬事法によって、これまで原則として薬剤師しか認められなかった一般医薬品(OTC、いわゆる大衆薬)の販売方法が様変わりすることになったのです。

 薬剤師以外の新たな専門家として「登録販売者」制度が誕生しました。登録販売者は、都道府県が行う試験に合格することによって、資格を取得することができます。

 一般医薬品といえば、医師の処方箋も必要ではなく、リスク(副作用)も高くなく、安全な薬と思われがちですが、なかには安全上注意を要するリスクの高いものも含まれています。したがって、一般医薬品474成分を、とくにリスクの高いもの(1類・11成分)、リスクが比較的高いもの(2類・200成分)、リスクが比較的低いもの(3類・274成分)に分類しました。一般医薬品といっても、1類に関しては薬剤師しか扱えないことにしています。「登録販売者」は、単なる〝売る人〟ではなく、薬の安全面のチェッカー、そして薬を買う人からの相談に応じ、情報提供をすることのできる専門家という位置づけです。

 試験は各都道府県が実施しますが、難易度が違っていては不公平なので、厚生労働省の「出題の手引き」に基づいて、都道府県が試験問題を作成することになっています。

 試験項目は、

①医薬品に共通する特性と基本的な知識

②人体の働きと医薬品

③主な医薬品とその作用

④医事関係法規・制度

⑤医薬品の適正使用・安全対策

 となっていて、各章の出題数は20問(時間40分)ですが、③に限り40問(80分)あり、やはり安全面に力点が置かれていることがよくわかります。新しい〝資格〟に挑戦する人たちを対象に、受験本、問題集の類が多数書店に並んでいます。

●薬の販売現場はどう変わるか

 登録販売者が登場すると、一般医薬品を販売する現場はどう変わるのか。まず薬を扱う業態を整理してみましょう。

・薬局……医師の処方箋に基づいて薬剤師が調剤する。一般薬医薬品も扱うことができる。

・一般販売業……薬剤師がいて、一般医薬品を扱う。調剤室を持たない。

・薬種商販売業……都道府県の認めた「薬種商」がいて、一般医薬品の一部を販売することができる。

・特例販売業……薬局・薬店の普及が十分でない辺地などで、知事が指定した最小限の医薬品を販売することができる。

・配置販売業……置き薬屋さんのこと。家庭に薬を預けておき、使用した分だけ代金を支払うというシステム。知事が指定した品目の医薬品を販売することができる。

 以上のうち、「薬種商」は廃止されることになり、登録販売者にシフトすることになります。薬種商販売業者を、登録販売者とみなすわけです。

 「特例販売業」は、これまで通りの販売を認めることにします。もっとも、扱う医薬品も低リスクの限定的な品目(80成分)なので、安全面ではほとんど問題になりません。

 配置販売業は、登録販売者の資格を取るよう推進しますが、経過措置として、すでに配置販売業を行っているところに関しては、現在認められている医薬品成分の範囲内について継続して販売することを認めます。しかし配置販売業のなかでも、登録販売者であれば扱うことのできる品目も多いし、登録販売者でないものと比べ、当然信用度も上がってくるに違いありません。

 〝置き薬〟の元祖、富山は、登録販売者をめぐって動きが活発です。富山県薬業連合会は、「顧客の信用を得るには登録販売者の資格が必要」として、資格試験の受験を勧めています。

●健康を守る制度の成熟が望まれる

 さて、以上のような従来型とは別に、新たなビジネスチャンスを求めて、ドラッグストア、コンビニ、スーパーマーケットなどが、新規参入を狙っています。ドラッグストアチェーンも、採用が難しく給与の高い薬剤師に代わって登録販売者で代替できれば、経営的に大きなメリットになるということで、社員を勉強させて資格を取ることを促しているようです。

 コンビニは、これまで扱えなかった一般医薬品を24時間販売できることによって業態のイメージチェンジを図ることができるかもしれません。薬は、「夜中に販売してほしい」品目ナンバーワンということもあって、登録販売者の養成に力を入れるコンビニチェーンも多いようです。

 筆者は、登録販売者が薬の世界の一角で、医療の安全を担ってもらいたいと思います。単なる〝セールスマン〟や〝セールスウーマン〟であってほしくありません。顧客に医薬品の情報を提供するための知識と、コミュニケーション技術を磨いてほしいと思います。市民の健康を守る人として、そして制度としての成熟を願っています。

 いわゆる大衆薬にもリスクの高いものもあることを自覚して、ドラッグストア、コンビニで薬を買う時、「登録販売者」に相談することも視野に入れておきましょう。

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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