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藤原定実 ふじわらの さだざね

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原定実 ふじわらの-さだざね

?-? 平安時代後期の官吏,書家。
藤原伊房(これふさ)の長男。従四位上,土佐権守(ごんのかみ)となる。世尊寺家4代の能書で,鳥羽(とば)天皇大嘗会(だいじょうえ)の屏風色紙形をかいた。「元永本古今和歌集」「西本願寺本三十六人集(人麿(ひとまろ)集,貫之(つらゆき)集上)」などが真跡と推定されている。元永2年(1119)出家。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

藤原定実
ふじわらのさだざね

生没年未詳。平安後期の公卿(くぎょう)、能書。藤原伊房(これふさ)の長男で、世尊寺(せそんじ)流の祖行成(ゆきなり)から数えて4代目の当主。1077年(承保4)侍従に任ぜられ、その後、近衛(このえ)少将、右京大夫、土佐権守(ごんのかみ)を歴任したが、官位の昇進は振るわず、従(じゅ)四位上・土佐権守にとどまった。これは、父伊房の大宰大弐(だざいのだいに)時代の失態によるが、さすが名門の当主として、幅広い能書活動を展開している。1102年(康和4)尊勝寺落慶供養の際の願文の清書、08年(天仁1)鳥羽(とば)天皇大嘗会(だいじょうえ)のときの悠紀主基屏風(ゆきすきびょうぶ)の色紙形(しきしがた)の揮毫(きごう)、12年(天永3)白河(しらかわ)法皇の逆修供養の際の願文の清書など、当時の能書の第一人者にふさわしい広い活躍をみせた。今日、署名のある遺品は残らないが、「元永(げんえい)本古今集」(東京国立博物館)をはじめ、「本願寺本三十六人家集(貫之(つらゆき)集上・人麿(ひとまろ)集)」「巻子本古今集」などの一群の古筆が、定実の筆になることが推定されている。[神崎充晴]

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