蜷川親元日記(読み)にながわちかもとにっき

改訂新版 世界大百科事典 「蜷川親元日記」の意味・わかりやすい解説

蜷川親元日記 (にながわちかもとにっき)

室町幕府8代将軍足利義政の時代に政所代(まんどころだい)をつとめた蜷川親元(1433-88)の日記。親元は名筆として著名で,早い時期からその日記は観賞の対象とされたため散逸した部分が多いが,今残るところは1465年(寛正6)および1477年(文明9)より86年の一部である。応仁の大乱をはさむ時期にあたり,激動の時期の社会や政治を考える資料として貴重である。政所代とは政所執事伊勢氏代官という意味であるが,政所の政務処理の過程で作られた〈政所内評定記録〉〈政所賦銘引付(くばりめいひきつけ)〉の2書も,江戸時代以降日記といっしょに流布していたため,明治になって《文科大学史誌叢書》として翻刻された際には別録として収められた。職務柄,将軍側近の動向,守護との交渉,所領の支配など内容は豊富である。
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百科事典マイペディア 「蜷川親元日記」の意味・わかりやすい解説

蜷川親元日記【にながわちかもとにっき】

室町幕府の政所代(まんどころだい)蜷川親元の日記。《親元日記》ともいう。政所代とは,当時の政所執事伊勢氏の代官の意。現在残るのは1465年,および1477年から1486年の一部。親元は名筆として有名であったため,その日記も観賞の対象とされ,結果として日記の散逸を招く原因となった。関係史料の〈政所内評定(まんどころないひょうじょう)記録〉〈政所賦銘引付(くばりめいひきつけ)〉の2書は,江戸期以降に日記とともに流布したため,別録として採録されている。応仁(おうにん)・文明の乱という激動の時代の政治・社会などを知るうえで貴重な史料とされている。

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