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西ゴート にしゴート

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大辞林 第三版の解説

にしゴート【西ゴート】

東ゲルマンの一部族。フン族の西進による圧迫を逃れ、376年ドナウ川北岸の定住地からローマ帝国領内に移住、民族大移動の発端をつくる。移住阻止をねらうローマ軍と各地で衝突した後、イベリア半島に西ゴート王国(415~711)を建国。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西ゴート
にしごーと
Visigoths

民族移動時代に活躍した東ゲルマン系のゴート人の一分派をなす集団。ゴート人は、元来スカンジナビア半島に居住していたが、しだいに南下、2世紀中葉から3世紀にかけて、ドナウ川北岸に定住した西ゴート人と、黒海北岸に定住した東ゴート人とに分離した。4世紀後半、フン人の西進により、376年、西ゴート人の大部分は、フリティゲルンFritigernに率いられてローマモエシアに移住。これが民族大移動のきっかけとなった。移住後ローマの圧迫に対して反乱を起こし、アドリアノープルの戦い(378)でローマ皇帝ウァレンスを敗死させたが、次の皇帝テオドシウス1世の和親政策により、ローマの同盟者(フェデラーティ)としてトラキア地方に定住した。テオドシウス1世の死後ふたたびローマと敵対し、アラリックを王に選び(395)、イタリアに侵入、各地を転戦したが、その間にアラリックは戦死(410)し、王位を継いだ義弟アタウルフに率いられて、412年以降南ガリアを征服し、ワリア王(在位415~418)の時代にローマから正式にアキテーヌ地方を譲られ、415年ここに西ゴート王国(トロサ王国)を建てた。王国はエウリコ王(在位466~484)のもとで、南ガリアからスペインの大部分にまで国土を広げ、ローマ文化を積極的に取り入れて西ゴート法典を編纂(へんさん)するなど、その最盛期を迎えたが、507年アラリック2世がフランク王クロービスに敗れたのち、しだいに南ガリア、アキテーヌを失い、王国の重心をスペインに移した(トレド王国)。
 その後、東ローマ(ビザンティン)皇帝ユスティニアヌス1世に南部スペインを奪われ、国内の貴族層の封建化も進んだが、レオウィギルド王は南部スペインを奪回、貴族層を抑えて王国の繁栄を回復した。次王レカレドはアリウス派からカトリックに改宗、ローマ系住民との融合を進めていたが、711年アフリカからイスラム教徒が侵入し、西ゴート王国は滅亡した。[平城照介]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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