日本歴史地名大系 「西山八幡宮」の解説
西山八幡宮
にしやまはちまんぐう
[現在地名]夜須町西山
国道五五号から北へ一キロ、県道西方の丘に社殿がある。旧郷社。一の鳥居から社殿前の石段まで約二〇〇メートルの参道は、
祭神は応神天皇で神体は一尺二寸の束帯姿の木像。明治初年の神仏分離まで脇に阿弥陀・観音・薬師の三像があったという。平安時代後期、夜須庄が山城
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
国道五五号から北へ一キロ、県道西方の丘に社殿がある。旧郷社。一の鳥居から社殿前の石段まで約二〇〇メートルの参道は、
祭神は応神天皇で神体は一尺二寸の束帯姿の木像。明治初年の神仏分離まで脇に阿弥陀・観音・薬師の三像があったという。平安時代後期、夜須庄が山城
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...