視覚マスキング(読み)しかくマスキング(その他表記)visual masking

最新 心理学事典 「視覚マスキング」の解説

しかくマスキング
視覚マスキング
visual masking

ある視覚刺激ターゲットとよぶ)と時間的に近接させて別の刺激(マスクとよぶ)を同じ空間位置,あるいはその近傍に呈示すると,マスクを呈示しない場合に比べてターゲットの知覚が妨害される現象,またはそのような現象を引き起こす実験手続き。ターゲットに対して時間的に先行してマスクを呈示する場合を順向マスキングforward masking,ターゲットの後にマスクを呈示する場合を逆向マスキングbackward maskingとよぶ。ターゲットの呈示開始とマスクの呈示開始の間の時間間隔をSOA(stimulus onset asynchrony)とよび,SOAに対してターゲットの検出率や正答率を図示したものをマスキング関数とよぶ。

 マスキング関数の形などから,マスクは大きく4種類に分けられる。ターゲットを覆うような均一な明るさの刺激をマスクとして呈示する場合(閃光マスク)やランダムドットから成るマスクをターゲットと同じ空間位置に呈示する場合(ノイズマスク)では,逆向マスキングの事態で,ターゲット-マスク間のSOAが長くなるとマスキングの効果は単調に減少する。メタコントラストマスキングmetacontrast maskingでは,ターゲットの輪郭に隣接したマスク(たとえば,円形のターゲットに対して,中心部分がターゲットの円形よりわずかに大きいドーナツ型のマスク)を呈示する。このマスクでは,ターゲット-マスク間のSOAが0ms(ミリ秒)に近い場合にはマスキング効果は小さく,SOAが長くなるに従い増大し,100ms程度で最大となり,さらに長くなると減少するというU字型のマスキング関数を描く。また,ターゲットと視覚的特徴が類似したマスク(たとえば,ターゲット,マスクともに文字)をターゲットと同じ位置に呈示した場合(パターンマスク)にもU字型のマスキング関数が描かれる場合がある。

 マスキングには,網膜レベルで起きるものと両眼の情報が統合された後に起きるものがある。一方の眼にターゲットを呈示し,もう一方の眼にマスク刺激を呈示すると(異眼間マスキングdichoptic masking),閃光マスクではマスキングの効果が消失することから,閃光マスクの効果は,両眼の情報が統合される前の段階,つまり網膜レベルで生じていると考えられる。一方,メタコントラストマスクやパターンマスクでは異眼間マスキングの事態でもマスキングの効果が生じる。ゆえに中枢メカニズムが想定されている。

 逆向性のパターンマスクによって先行するターゲットの処理が中断されると考えられていることから,ターゲットの呈示時間を独立変数として操作するような実験では,逆向マスキングはターゲットの処理に利用可能な情報を制限する技法として用いられる。マスクを呈示しない場合には,ターゲットが消失した後でも視覚的短期記憶内に保持された情報に基づいてターゲットに関連した情報処理が進行する。このような技法によって,視覚情報処理のごく初期の様相(微小生成過程microgenesisとよばれる)を調べることができる。

 ターゲットをごく短時間呈示し,直後にパターンマスクを呈示すると,ターゲットが何であったかを報告できないにもかかわらず,その後にターゲットに関連した刺激を呈示してなんらかの反応を求めると,ターゲットに関連した刺激が呈示された方が,ターゲットに無関連な刺激よりもより速くあるいは正確に判断できる。このような現象を無意識的プライミングunconscious primingとよぶ。短時間のターゲット呈示後の逆向マスキングでは,ターゲットに対して,ある程度の情報処理は行なわれるものの報告可能な状態にまで意識的な処理が進行するわけではない。このような無意識の過程を調べる技法としても視覚マスキングは用いられる。 →視覚 →視覚刺激
〔熊田 孝恒〕

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