改訂新版 世界大百科事典 「角杯」の意味・わかりやすい解説
角杯 (かくはい)
獣角でつくった杯をいう。のちには陶器,青銅,銀で模し,同時に台をつけたり,獣頭をつくったりした。ギリシア語ではリュトンrhytonといったが,それは〈獣角〉の義であった。中国では各種の杯(飲酒器)を獣角でつくったことは,杯の名称に觚(こ),觶(し),角(爵)など,角に関係した文字があるので知られる。しかし殷(いん)の青銅器の杯はすでに相当進化していて,獣角のなごりは求めにくい。河南省安陽県小屯から出土した黒陶製の觚も上下にひらいた筒状の容器で,外形上なんら青銅製の觚と異ならないが,断面図をみると,容器の底はとがっていて,獣角にまるい台をつけたようになっている。爵も李済は獣角が特殊な発達をしたものと推測し,たしかに獣角を逆立ちさせて2脚をつけそえたもののように見えるが,これでは流(のみ口)と尾のかたちが説明できない。むしろ現在モンゴル人が家畜に薬を与えるために使っている獣角の容器のように,獣角にそって切り,3脚をつけたとするほうが流と尾の成立には合理的である。河南省安陽県の殷墟からは,これとは別に青銅の角形容器と,象牙の角形容器が出土している。前者はふたがあり,くびに虺竜(きりゆう)文帯があり,上に小さい耳がついている。どちらも,たしかに角形の容器であるが,はたして飲酒の杯に使われたかどうかは疑問がある。この角杯の伝統は,その後どうなったか不明であるが,隋・唐時代(たぶん南北朝時代から)になると,仏教とともに西方の文化がさかんに輸入され,異国趣味は絶頂に達した。このとき,また西方伝来の角杯が使われたことは,当時の石彫や正倉院宝物のデザインにみられるとともに,ときには陶製のものが残されていて確認することができる。正倉院にも実際の犀角(さいかく)からつくられたものが3個あるが,角のかたちを残しているのは1個しかない。東アジアにおける角杯の使用が隋・唐時代より以前であったらしいことは,新羅の古墳から出土した新羅土器にしばしば角杯がみられることでわかる。これには台がつき,歩揺を垂らすものさえある。
執筆者:水野 清一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報