豊竹鐘太夫(読み)とよたけ かねたゆう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「豊竹鐘太夫」の解説

豊竹鐘太夫(初代) とよたけ-かねたゆう

1730-1779 江戸時代中期の浄瑠璃(じょうるり)太夫
享保(きょうほう)15年生まれ。大坂の人。義太夫節豊竹筑前少掾(ちくぜんのしょうじょう)の弟子。延享4年ごろ豊竹座に初出演,宝暦元年立者にすすむ。のち竹本座にうつり,一時江戸へもおもむいた。大音で鐘太夫風といわれる語り口をのこす。安永8年8月20日50歳(異説に安永4年1月46歳,または51歳)で死去

豊竹鐘太夫(2代) とよたけ-かねたゆう

?-? 江戸時代中期-後期の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
大坂の人。義太夫節の2代豊竹此太夫(このたゆう)の弟子。豊竹伊太夫,竹本鐘太夫をへて,寛政3年(1791)2代を襲名。北堀江市(いち)の側(かわ)の芝居で立者をつとめる。文化(1804-18)の末年に没したといわれる。通称は重兵衛。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...

四万六千日の用語解説を読む