貞松斎一馬(読み)ていしょうさい・いちば

朝日日本歴史人物事典 「貞松斎一馬」の解説

貞松斎一馬

没年:天保9.10.27(1838.12.13)
生年明和1?(1764)
江戸後期の挿花宗匠。正風遠州流の祖。生年には明和4(1767)年説もある。本名米沢寛篤,雅名米一馬(初代)。書を松川染竜 に学んで渓竜と号し,俳諧は谷口鶏口の門人で2代木犀桜川を称した。挿花の師は岸松斎一貞。編著書『挿花衣之香』の巻頭に師の松竹梅挿花図を掲げている。自身の言葉によれば,作風は「風致,長短,曲直の変化」「潤色有ん挿花」。弟子の貞槙斎一養は師の一馬について「正風の体を発明せられてより門葉年年に栄えける」と記している。正風遠州流は平成期の7代米一馬におよぶ。著書に文化4(1807)年自筆本『おもと伝授の事』(京都・柿葉文庫蔵),同5年刊『俳諧独稽古』などがある。

(岡田幸三)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「貞松斎一馬」の解説

貞松斎一馬(初代) ていしょうさい-いちば

1764-1838 江戸時代中期-後期の華道家。
明和元年生まれ。江戸の人。正風遠州流華道の祖。遠州流の生け花を岸松斎一貞(がんしょうさい-いってい)にまなび,独立。書,俳諧(はいかい)にもすぐれた。天保(てんぽう)9年10月27日死去。75歳。姓は米沢。名は寛篤。書号は渓竜,乾竜。俳号楼川。米(よね)一馬ともいう。編著に「挿花衣之香(ころものか)」,著作に「正風遠州流挿花独稽古(ひとりげいこ)」など。

貞松斎一馬(4代) ていしょうさい-いちば

1827-1900 江戸後期-明治時代の華道家。
文政10年生まれ。高知の貞雨斎にまなび,のち3代貞松斎一馬の門にはいり貞春斎一英と号した。師の没後の明治30年正風遠州流4代をつぐ。明治33年2月28日死去。74歳。土佐(高知県)出身。本名は山岡林平。

貞松斎一馬(3代) ていしょうさい-いちば

1812-1896 江戸後期-明治時代の華道家。
文化9年生まれ。父の初代貞陽斎一春にまなび3代一春をつぐが,のち初代貞松斎一馬にしたがい正風遠州流3代をつぐ。明治29年10月19日死去。85歳。本名は園田正寛。

貞松斎一馬(2代) ていしょうさい-いちば

?-? 江戸時代後期の華道家。
初代貞松斎一馬の子。正風遠州流2代をつぐが早世した。通称は貞太郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「貞松斎一馬」の意味・わかりやすい解説

貞松斎一馬
ていしょうさいいちば

貞松斎米一馬

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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