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賀茂清茂 かものきよしげ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

賀茂清茂
かものきよしげ

[生]延宝7(1679)
[没]宝暦3(1753)
江戸時代中期の国学者。姓は中小路。賀茂別雷神社の神官。儒学を伊藤仁斎に学ぶ。神事,神葬祭の復活に努めた。『賀茂群記類鑑』を編集した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

賀茂清茂 かもの-きよしげ

1679-1754* 江戸時代中期の神職。
延宝7年11月22日京都の賀茂別雷(わけいかずち)神社の社家に生まれる。伊藤仁斎,出雲路(いずもじ)信直らにまなぶ。神事の復興に力をいれ,享保(きょうほう)のころ神葬祭を復活させた。また賀茂三手(みて)文庫をつくった。宝暦3年12月23日死去。75歳。本姓は中大路。編著に「賀茂群記類鑑」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

賀茂清茂

没年:宝暦3.12.23(1754.1.16)
生年:延宝7.11.22(1679.12.24)
江戸中期の神道家。賀茂別雷神社(京都市北区)社家中大路清令と賀茂清昌の娘章子の子。のち岡本と称す。伊藤仁斎,出雲路信直,中原職資に国学を学び,伏見宮邦永親王『論語』『日本書紀』を講じ,また社家の岡本季輔と共に旧存の文庫を整えて賀茂三手文庫を設立した。絶えていた神事の復興に尽力,寺請制度による仏葬の強制に苦慮したが,享保年間(1716~36)に神葬祭を復元した。元文4(1739)年従四位上に叙される。著書は『賀茂群記類鑑』『往来田訴論記』『清茂県主日記』など。<参考文献>児玉幸多「賀茂清茂伝」(『歴史地理』70巻6号)

(白石良夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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