スウェーデンの経済学者G・カッセルが唱えた外国為替(かわせ)相場理論で、為替相場の決定ないし変動要因を貨幣の購買力の変化、すなわち物価の変動によって説明しようとしたもの。第一次世界大戦中から戦後にかけて各国は金本位制を停止し紙幣本位制となったが、彼は、この制度のもとでも金本位制における金平価と同様に、為替相場の変動には基準があることを主張した。それが購買力平価である。
基本的な考え方は、「各国通貨はそれぞれの国において、財やサービスを購入する購買力をもつ。その通貨のもつ購買力がちょうど等しくなるように為替相場は決定されるべきである」ということにあり、購買力平価説という名称の由来もそこにある。もし、現実に円・ドル為替相場が、購買力平価(たとえば、100円=1ドル)に比べてドル高(120円=1ドル)になっていたとすれば、アメリカの人々は、ドルで自国商品・サービスを購入するより、輸入に有利な現実の為替相場でドルを円にかえて輸入したほうが、より多くの商品、サービスを手にすることができる。したがって、アメリカでは輸入が増えて経常収支は赤字、日本は輸出が増えて黒字になり、外国為替市場では、ドル売り・円買いが起こる。その結果、ドルは安くなっていき、この場合は最終的に100円=1ドルという購買力平価が成立するというものである。
ところで、通貨の購買力というのは、逆に表現すれば物価水準にほかならない。その通貨でたくさん財・サービスが買えるということは、物価が安いということと同じだからである。したがって、
購買力平価=日本の物価水準/アメリカの物価水準
ということになる。これを「絶対的購買力平価説」というが、両国で貿易の対象となっているすべての同一の財・サービス(貿易財)の価格を調査し、物価水準を計算することは困難である。そこで、象徴的な商品であるマクドナルドのビッグ・マックの各国価格をもって計算したビッグ・マック平価が使用されることもあるが、あくまで便宜的なものであり、この理論の本筋的なものではない。
理論的には、「相対的購買力平価説」とよばれる考え方、計算方法が一般的に使用されている。それは、それぞれの国で貿易取引される貿易財とされない非貿易財の相対価格とウエイトが変わらないという仮定に立って、
購買力平価=基準時の為替相場×(日本の物価指数/アメリカの物価指数)
というように、計算している。
つまり、両国の経常収支が均衡していた年を基準として、その時の為替相場にその後の両国の物価の変動率の格差を織り込んで、為替相場(購買力平価)が決まるということであり、結局は両国の価格競争力の変化を反映しながら、経常収支が均衡するように為替相場は変動するということを意味する。より物価が上昇し、価格競争力が低下した国の為替相場は、その分下落するというわかりやすい考え方である。
しかし、今日では国際経済取引は、財・サービスという経常取引より、はるかに資本取引が上回っており、しかも国際資本取引は瞬時に膨大な取引がなされ、それによって、外国為替市場で外貨の売買が大量になされている。このため、購買力平価説は短期的には成立しなくなり、かわって短期の為替相場決定理論として、アセット・アプローチ理論が登場している。ただし、購買力平価は、両国の貿易における価格競争力を反映した為替相場であることから、両国の長期適正為替相場といえること、あるいは長期的には現実の為替相場もその方向に収斂(しゅうれん)する傾向があることなどから、長期的な判断基準としては、今日でも有効性をもっている。たとえば、ドルに対して実質上固定相場に近く、その実力に比べて過小評価ではないかとされる中国の「人民元問題」などの議論では、この説によって計算された人民元・ドルの購買力平価に対して、現実の人民元・ドル為替相場がいかに割安になっているかを判断材料にしてなされている。
[土屋六郎・中條誠一]
自由変動為替相場制のもとで,日々変動する外国為替相場(以下,為替相場と略称する)に中心ないし基準となる均衡為替相場があり,それは自国と外国の物価水準の比によって定まるとするG.カッセルの説。この均衡為替相場を購買力平価という。
為替相場とは外国通貨と自国通貨との交換比率であるが,カッセルは為替相場が基本的に外国為替市場における需要・供給関係によって決定されることは否定しない。むしろ,なぜ外貨が需要されるかという点に着目する。彼によれば,自国民が外貨を需要するのは,外貨がその国の財貨・サービスに対する購買力をもっているからである。他方,対価として自国通貨を支払うことは,自国の財貨・サービスに対する購買力を提供しているのである。したがって,外貨と自国通貨との交換比率は,両国にとって共通な財貨・サービスを媒介項として考えれば,それぞれの国における貨幣の購買力の比によって決定されることになる。さらに,貨幣の購買力は一般物価水準の逆数であると考えられるから,購買力平価は次のように示すことができる。
これを絶対的購買力平価の定式と呼ぶ。しかし,一般物価の絶対水準を計測することは容易でなく,物価に関する情報は通常,物価指数として発表される。物価指数を用いて購買力平価を求めるには,絶対的購買力平価が成立していた時点を基準時点にとり,次の公式により求める。
これが相対的購買力平価の定式化である。これによると,たとえば基準時点から比べて自国の物価指数が100から200になり,外国は変化せず100のままであったとすれば,相対的購買力平価は2倍に上昇する。したがって,現実の外貨の価格も2倍になる傾向がある。
現実の為替相場が購買力平価に引き寄せられるメカニズムは次のようである。かりに,現実の外貨の価格が購買力平価で与えられるものより安かったとしよう。そのとき,自国民にとって自国通貨で財貨・サービスを購入するより,外国為替市場で外貨を手に入れて外国から財貨・サービスを輸入するほうが有利である。このことが外貨の需要を増加させ,外貨の価格を上昇させて購買力平価の水準に近づけるのである。カッセルは,このようなメカニズムを想定することにより,第1次大戦中の金本位制の放棄後でも,為替相場が無秩序に変動しているわけではないことを論証しようとした。実際,第1次大戦後から1920年代の前半にかけて,購買力平価説は現実の為替相場の動きをよく説明したのである。しかし,購買力平価説にはいくつかの理論的難点がある。たとえば,外国為替に対する需給は輸出入のみから生じるのではなく,資本移動や政府の対外援助などからも生じる。さらに,輸出入自体,物価水準以外に所得水準や労働生産性などからも大きな影響を受けるのである。第2に,あらゆる財貨・サービスが貿易可能なわけではない。にもかかわらず,一国の貨幣の購買力はこのような非貿易財にも及んでいるのである。これと関連して,関税や貿易制限の存在は購買力平価説の成立を妨げるであろう。したがって,購買力平価説を現実の為替相場の精密な予測に用いるのは正しくない。むしろ,2国の物価水準の比と為替相場の間には一定のゆるやかな関係があることの認識にとどめておくべきであろう。
→為替理論
執筆者:奥村 隆平
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…フランスの経済学者アフタリヨンAlbert Aftalion(1874‐1934)の為替心理説は,為替相場の変動要因として取引当事者の心理状態,とくに予想を重視しているが,この考えは上記の資産市場アプローチに包摂されているとみることができる。
[購買力平価説]
以上の二つが自己完結的な為替相場理論である。これらの理論に基づいて将来の為替相場の予測を行うとすれば,どちらの場合も外貨に対する需要・供給関数の推定からはじめなければならない。…
※「購買力平価説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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