各国の通貨相互間の価値が,外国為替市場の需給関係によって決定されるような為替相場制度をいう。略して変動相場制ということが多い。これの対極が固定為替相場制。外国為替市場で外貨を対価とする自国通貨の売りが増えれば,自国通貨の対外価値は減価し,逆に外貨の売りが増えれば,自国通貨の対外価値は上昇(増価)する。通貨当局が外国為替市場へまったく介入しない場合を自由変動相場制というが,歴史上完全な自由変動相場制が採られた例は比較的少なく,多くは為替管理を伴うか,または通貨当局の介入を含む管理フロート制である。
両大戦間の期間に比較的自由な変動相場制が採用された例としては,1922-26年のフランス,31-32年のイギリス,33-34年のアメリカ,および37-38年のフランスが挙げられる。これらの経験は,投機的資本移動によって為替相場の大幅な変動や崩落がもたらされた例として言及されることが多い。しかし,激しい投機的資本移動の背景には,不適当な為替相場支持政策,放漫な財政政策による国内インフレーション,意図的な減価政策,民間企業活動に敵対的な国内経済政策等があったことに留意しなければならない。世界恐慌の影響からイギリスが金本位制を停止した1931年以降は,むしろ競争的平価切下げの時代として特徴づけられ,国際的視野を欠いた国家主義的な為替相場政策が世界経済に対していかに無用の混乱と経済的損失をもたらすかを示した点で,後世に大きな教訓を残した。第2次大戦後は,ブレトン・ウッズ体制の例外としてカナダ(1950-62年および70年以降)が比較的長期にわたって変動相場制を採用していたが,ブレトン・ウッズ体制崩壊後73年からは多くの国が変動為替相場制を採っている。
変動相場制が固定相場制に比べてどのような長所をもっているかは,論争点の多い問題である。厳格な固定相場制は,経済活動の国際的統合化を促進し,資源配分の効率性を高めるという長所をもつ反面,それが十分に機能するためには,(1)労働や資本の国際間の移動が容易であること,(2)財政制度および政策が統合化されていること,(3)各国独自の貨幣政策を採らないこと,などの厳しい条件が要請される。このため,国内経済政策の目標に高い優先順位を与え,独自の金融・財政政策を採りながら自由な国際経済取引を維持しようとする国が変動相場制を選ぶ傾向にある。もっとも,変動相場制によってこれらの政策の独立性が完全に確保できるわけではなく,とくに金融情勢の変化は資本移動を介して国際的に波及する。したがって,国家間の利害対立が国際金融制度に悪影響を及ぼすことがないよう,変動相場制の運営に一定の国際的制約を課す必要があることは,1930年代の経験からも明らかである。
→為替相場
執筆者:天野 明弘
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為替相場を外国為替市場における需要・供給の状態に任せて変動させる為替相場制度。略して変動相場制ということが多い。固定為替相場制に対立する概念。変動相場制は自由変動相場制(フリー・フロートfree float)と管理変動相場制(管理フロート)とに分けられる。前者は為替相場の動きをまったく自由にしておく制度で、通貨当局は外国為替市場に介入しない。これに対し後者は、為替相場が乱高下するような際には市場へ介入することがある。
歴史的にみて為替相場が無秩序に変動した時期は、第一次世界大戦後から金本位復帰までと、1930年代の金本位崩壊後、そして1970年代であったが、このうちで制度として変動相場制が認められたのは1976年以降である。すなわち、この年キングストン(ジャマイカ)で開かれた国際通貨基金(IMF)暫定委員会は、各国は固定相場制でも変動相場制でも自由に選択できることで合意し、変動相場制が制度として正式に認知され、これ以降名実ともに総フロート時代となった。それまでの変動相場制は制度としてではなく、固定相場制の崩壊によって生まれた無秩序なものであった。
変動相場制に期待されたもっとも基本的な機能は、為替相場の変動によって国際収支の均衡を達成することである。いま国際収支が赤字になったとすると、外国為替市場では外貨に対する需要が供給を上回ることになり、為替相場は外貨高(邦貨安)となる。そのような為替相場の変化は、一方では輸出価格を下げるので輸出を増加させ、他方では輸入価格を引き上げて輸入を抑える効果をもち、収支赤字を改善することができる。また、変動相場制へ移行すると為替リスクが増大するので、金利裁定や為替投機などの短期的な国際資金移動をしにくくさせる。これらの機能が発揮されると、各国は財政金融政策をあげて国内均衡対策に振り向けることができ、政策運営の自主性が確保できる。そうした結果、外貨の節約やインフレまたはデフレの国際波及を遮断することも可能となる。
しかし、実際の経験では、国際収支の調整には時間がかかり、国際資本移動は逆に活発化して、その結果為替相場の変動は予想をはるかに超えて大幅となり、各国の政策はそのために拘束された。また、インフレも歯止めを失って助長されることが多く、期待とは逆に世界経済を不安定に導くこともあった。1985年のプラザ合意以降は、基本的には変動相場制を基調にしつつも、情勢によって適宜市場に介入する協調介入体制が定着している。
[土屋六郎]
(絹川直良 国際通貨研究所経済調査部長 / 2007年)
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… すでに述べたように,為替相場は外国為替市場の需要・供給関係によって決定されるが,この需要・供給の力の現れ方は,その国の採用している為替相場制度によって異なる。それらの為替相場制度には,大きく分けて,自由変動為替相場制(変動相場制),金本位制,管理為替相場制の3種類がある。(1)変動相場制は,現行の制度で,為替相場の決定がまったく市場の力にゆだねられるものであり,外国為替の需要が供給を上まわれば外国為替の価格は上昇し,下まわれば下落するという調整メカニズムが働いて需要と供給が均衡する点で為替相場が決定される。…
…この傾向は,固定為替相場制のもとではより強くなり,国際資本市場や各国の資本市場が発達していればいるほど強い。変動為替相場制のもとでは為替相場の変動による為替リスクが存在するから,均衡化の傾向は固定相場制のもとでほど強くないが,同じ傾向はある限度内でやはり存在する。変動相場制のもとでは,為替相場の予想切下げ率(または切上げ率)を加算した資本の収益率(利子率,配当率)が均衡化される傾向,すなわち〈カバーされた〉金利平衡が実現される方向へ動く。…
… しかし,その後も通貨不安はおさまらず,73年にはいると,為替市場の閉鎖やドルの10%切下げなどが相次ぎ,3月には先進国の多くは固定相場を放棄し,為替相場を市場の動きにまかせること(フローティングfloating)になった。2ヵ月ほどの間に,主要国は,なし崩しに変動為替相場制へ移行したのである。その年の11月,金の二重価格制は廃止され,金の法定平価は消滅することになった。…
※「変動為替相場制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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