赤の広場(読み)アカノヒロバ(英語表記)Красная площадь/Krasnaya ploshchad'

デジタル大辞泉 「赤の広場」の意味・読み・例文・類語

あか‐の‐ひろば【赤の広場】

Krasnaya ploshchad'Красная площадьロシア連邦の首都モスクワの中心部、クレムリン北東側にある広場。15世紀末、モスクワ大公イワン3世がクレムリンを改築した際に広場として整備された。旧ソ連時代には毎年メーデーと革命記念日にパレードが行われた。レーニン廟聖ワシリー大聖堂、国立歴史博物館、グム百貨店、カザンの聖母聖堂がある。1990年、「モスクワのクレムリンと赤の広場」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。赤い広場クラスナヤ広場

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精選版 日本国語大辞典 「赤の広場」の意味・読み・例文・類語

あか‐の‐ひろば【赤の広場】

  1. ( [ロシア語] Krasnaja Ploščad' の訳語 ) モスクワのクレムリン宮殿前広場。赤い広場。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「赤の広場」の意味・わかりやすい解説

赤の広場
あかのひろば
Красная площадь/Krasnaya ploshchad'

ロシア連邦の首都モスクワの都心にある細長い広場。面積7万3000平方メートル。クレムリンの東にあり、17世紀に露天市(いち)を取り払って広場がつくられた。ロシア革命(1917)前は現在の面積の2分の1しかなかった。クレムリンの壁の前に、ロシア革命後の1920年代末、暗赤色岩石でレーニン廟(びょう)がつくられて以後、この廟に詣(もう)でるロシア人や外国人の列が、クレムリンの西にあるアレクサンドル公園から、赤の広場の西端に立つ国立歴史博物館わきを通り、赤の広場へ延びる光景はソ連時代のモスクワの名物となっていた。現在では、かつてほどではないが、外国人や、土曜、日曜に地方から出てきた参拝者がみられる。クレムリンとともに1990年に世界遺産の文化遺産として登録された(世界文化遺産)。ソ連時代には5月1日のメーデー、11月7日の革命記念日には、この広場でパレードが行われたが、ソ連解体後は行われていない。

[中村泰三・小俣利男]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「赤の広場」の意味・わかりやすい解説

赤の広場
あかのひろば
Krasnaya proshchad

ロシア,モスクワ中央部,クレムリンの北東側の城壁に面した広場。長さ 695m,平均幅 130m,面積7万 3000m2。 15世紀末にキタイ・ゴロドと呼ばれる商業地区ができたのを起源とする。 1571年に火事で店舗が焼失したため一時ポジャール (火事) と呼ばれたが,17世紀後半には整備され,古語で「美しい広場」を意味する現在の名称がつけられた。ステンカ・ラージン処刑 (1671) ,ナポレオン襲来 (1812) ,革命軍 (赤軍) と白軍の闘争などを見守り,1924年にはレーニン廟が完成した。 1990年クレムリンとともに世界遺産の文化遺産に登録。

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世界の観光地名がわかる事典 「赤の広場」の解説

あかのひろば【赤の広場】
Red Square

ロシアの首都モスクワにある広場。クレムリン城壁の北東に広がるモスクワのシンボルといわれ、世界遺産に登録されている。世界を揺るがせた歴史的な出来事が何度となく発生し、広場の東に残る礎石(そせき)「ロブノエメスタ」には、義賊ステンカ・ラージンが17世紀末に処刑されたのをはじめ、何人もの反権力指導者が断罪された。1812年には皇帝ナポレオン率いるフランス軍が侵攻したが、あまりの寒さのために、最終的に引き返すことになった場所である。ロシア革命当時には、革命軍(赤軍)と反革命勢力(白軍)の戦闘が繰り広げられるなど、血なまぐさい歴史が繰り返された。◇「赤」は古代スラブ語で「美しい」という意味を持つ。

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世界遺産情報 「赤の広場」の解説

赤の広場

赤の広場は、ロシアの首都モスクワの都心部にある広場です。クレムリンの北東に位置しています。「赤」という名前は、社会主義を意味するのでも広場の地面が赤いからでもなく、ロシア古語の「美しい」から来ています。赤の広場はロシア革命などロシア史の様々なできごとの舞台となった場所で、旧ソ連時代には革命記念日などに軍事パレードが行われました。しかし政治体制が変わった現在はポール・マッカートニーがコンサートを行うなど商業的な利用もなされています。

出典 KNT近畿日本ツーリスト(株)世界遺産情報について 情報

世界大百科事典(旧版)内の赤の広場の言及

【ワシーリー大聖堂】より

…モスクワ,赤の広場にある大聖堂。イワン4世がモンゴルに対する戦勝を記念して1555‐60年に建て,勝利の仲介者である聖母マリアに捧げた。…

※「赤の広場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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