中国、東晋(とうしん)の政治家。南平(湖北省公安県)の出身。字(あざな)は武子(ぶし)。将来の大成を期待されながら、家が貧しく、油が買えないため、夏の夜には布袋に入れた蛍の光を灯火がわりとして読書に励んだ。この話は、雪明かりを頼りに読書した孫康(そんこう)の話とともに古くから有名で、隋(ずい)の崔賾(さいさく)の書簡に「蛍を聚(あつ)め雪に映す」の表現がみえるのをはじめ、五代のときに幼童教育の書物としてつくられた『蒙求(もうぎゅう)』にも「孫康は雪に映し、車胤は蛍を聚む」と二つの話をあわせあげている。日本でも「蛍の光、窓の雪」と歌われる。努力のかいあって車胤は博学をもって世に知られ、清談家仲間から「車くんがおらぬことにはつまらない」といわれるまでになった。桓温(かんおん)の引き立てで官界に進み、侍中や吏部尚書などの要職を歴任したが、東晋末の実力者の司馬元顕(しばげんけん)にたてついたため、迫られて自殺した。
[吉川忠夫]
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