中国、東晋(とうしん)の政治家。南平(湖北省公安県)の出身。字(あざな)は武子(ぶし)。将来の大成を期待されながら、家が貧しく、油が買えないため、夏の夜には布袋に入れた蛍の光を灯火がわりとして読書に励んだ。この話は、雪明かりを頼りに読書した孫康(そんこう)の話とともに古くから有名で、隋(ずい)の崔賾(さいさく)の書簡に「蛍を聚(あつ)め雪に映す」の表現がみえるのをはじめ、五代のときに幼童教育の書物としてつくられた『蒙求(もうぎゅう)』にも「孫康は雪に映し、車胤は蛍を聚む」と二つの話をあわせあげている。日本でも「蛍の光、窓の雪」と歌われる。努力のかいあって車胤は博学をもって世に知られ、清談家仲間から「車くんがおらぬことにはつまらない」といわれるまでになった。桓温(かんおん)の引き立てで官界に進み、侍中や吏部尚書などの要職を歴任したが、東晋末の実力者の司馬元顕(しばげんけん)にたてついたため、迫られて自殺した。
[吉川忠夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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