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車胤 しゃいんChe Yin; Ch`ê Yin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

車胤
しゃいん
Che Yin; Ch`ê Yin

[生]?
[没]隆安4(400)頃
中国,東晋 (→) の官吏,学者。字は武子。南平 (湖南省) の人。家が貧しく灯油を買えなかったため,ほたるを袋に入れ,その光で勉強したという話が有名。孫康の話と合せて「蛍雪の功」という語が生じた。官は吏部尚書に上ったが自殺。

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デジタル大辞泉の解説

しゃ‐いん【車胤】

中国、東晋の政治家。南平(湖北省)の人。字(あざな)は武子。家が貧しかったため油を買えず、蛍を集めてその光で読書したという。孫康とともに「蛍雪」の故事で知られる。生没年未詳。

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大辞林 第三版の解説

しゃいん【車胤】

?~397頃) 中国、東晋とうしんの政治家。字あざなは武子。灯油を買うことができず、蛍の光で勉強した話で有名。 → 蛍雪の功

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

車胤
しゃいん
(?―400)

中国、東晋(とうしん)の政治家。南平(湖北省公安県)の出身。字(あざな)は武子(ぶし)。将来の大成を期待されながら、家が貧しく、油が買えないため、夏の夜には布袋に入れた蛍の光を灯火がわりとして読書に励んだ。この話は、雪明かりを頼りに読書した孫康(そんこう)の話とともに古くから有名で、隋(ずい)の崔(さいさく)の書簡に「蛍を聚(あつ)め雪に映す」の表現がみえるのをはじめ、五代のときに幼童教育の書物としてつくられた『蒙求(もうぎゅう)』にも「孫康は雪に映し、車胤は蛍を聚む」と二つの話をあわせあげている。日本でも「蛍の光、窓の雪」と歌われる。努力のかいあって車胤は博学をもって世に知られ、清談家仲間から「車くんがおらぬことにはつまらない」といわれるまでになった。桓温(かんおん)の引き立てで官界に進み、侍中や吏部尚書などの要職を歴任したが、東晋末の実力者の司馬元顕(しばげんけん)にたてついたため、迫られて自殺した。[吉川忠夫]

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