内科学 第10版 「輸血・成分輸血」の解説
輸血・成分輸血(治療学総論)
(1)血液製剤の種類,一般的使用基準と適応疾患
適正な輸血療法を行うために,主要な血液製剤の保管方法,有効期限,また医療経済の面から各血液製剤のおおよその価格も知っておく必要がある(表3-1-24).
a. 赤血球濃厚液の使用基準と適応疾患
赤血球濃厚液(red cell concentrate:RCC)としておもに使用されるものは赤血球濃厚液-LR「日赤」である.これは献血された400 mL(2単位),あるいは200 mL(1単位)の全血を白血球除去フィルターに通して(保存前白血球除去)から遠心分離して血漿を除き保存液MAP(mannitol-adenine-phosphate)を加えた製剤である.2〜6℃で保存される.有効期限は採血後21日間である.この期間は先進諸国中で最も短いグループに属する.低温でも増殖するYersenia enterocoliticaなどによる汚染を防ぐ目的で有効期限が決められている.
慢性の貧血の多くは内科的疾患,特に造血器疾患に起因するものが多い.輸血以外の治療法で改善せず,循環器系の臨床症状(労作時の動悸,息切れ,易労感,浮腫など)が進行性の場合には,輸血を行う.慢性貧血の場合,Hb値で7 g/dLを目安に輸血を行うが,それ未満であっても輸血の必要のない場合もある.輸血の実施は検査値だけでなく,循環系の症状を観察して行わなければならない.輸血後のHb値を10 g/dL以上にする必要はない.RCCにより改善されるHb値は以下の式となる.
急性出血をきたす内科的疾患(消化管出血と腹腔内出血など)の多くは外科的治療が必要である.出血患者に対する輸液と成分輸血療法の適応基準を図3-1-21に示す.
b. 血小板濃厚液の使用基準と適応疾患
成分献血による血小板濃厚液(platelet concentrate:PC)には10,15,20単位製剤があり,それぞれ2.0,3.0,4.0×1011個以上の血小板を含む.1回のPC輸血は10単位製剤を用いるのが基本である.
血小板数5万/μL以上では通常重篤な出血はなく,PC輸血の必要はないが,それ以下については病態により維持すべき血小板数が異なる.PCの使用基準を表3-1-25に示す.各病態に応じ目標値を維持するようにPCを輸血するが,約2/3が脾臓に捕捉されるため,血小板輸血直後の予測血小板増加数(/μL)は以下の式となる.
PC輸血後の血小板増加の評価は輸血1時間後あるいは20時間後の補正血小板増加数(corrected count increment:CCI)により行う.CCIの算出は下記の式で行う.
輸血1時間後のCCIが7500/μL以上,翌朝または24時間後のCCIが4500/μL以上の場合は,輸血効果ありと評価される.血小板輸血効果がみられないときを血小板輸血不応状態という.投与血小板の寿命を短縮させる機序として,抗HLA(human leukocyte antigen,ヒト白血球抗原)抗体や抗血小板同種抗体(抗HPA(human platelet antigen)抗体)などの免疫学的なものと,持続する出血,発熱,感染症,播種性血管内凝固症,脾腫などの非免疫学的なものがある.1時間後のCCIがすでに低い場合は免疫学的な機序による可能性が高く,翌朝のCCIが低い場合は非免疫学的な機序によると考えられる.免疫学的な機序が考えられる場合は血液センターにHLA適合血小板供給のための検査(患者のHLAタイピングおよび抗HLA抗体スクリーニング)を依頼する.抗HLA抗体陽性(免疫学的機序の80~90%を占める)の場合はHLA適合血小板輸血の適応となり,この製剤を輸血することにより大部分の場合は輸血効果が認められるようになる.抗HPA抗体も輸血不応の原因となり,免疫学的な機序の約10%を占める.
通常のPC輸血では原則的にABO同型を使用するが,HLA適合PCではHLA型を優先するためABO不適合の血小板を輸血せざるを得ない場合がある.この場合,前もって血液センターにHLA適合PC製剤に患者血球に対する抗体価がどの程度含まれているか検索を依頼し,抗体価が生食法で256倍以上の場合は,特に小児では溶血による副作用も危惧され,洗浄PC製剤の作製を院内の輸血部に依頼するべきであろう.また,ABOメジャーミスマッチの場合,血小板表面にわずかに存在する抗原と患者の抗A・抗B抗体が反応し,PC輸血効果が減弱するとするものや臨床的には問題がないとする報告がある.なお,赤血球をほとんど含まないPCでは赤血球の交差適合試験は省略してよい.
造血器腫瘍では定期的に血小板数を測定し,血小板数を1~2万/μL程度に維持する.再生不良性貧血や不応性貧血などの骨髄異形成症候群では,血小板数が5000/μL以上であって,出血症状が皮下出血程度の軽微なものであれば,PC輸血の適応とはならない.安易なPC輸血は抗HLA抗体や抗HPA抗体などの産生を増加させ,治療を難しくする可能性があることに留意するべきである.
c.新鮮凍結血漿の使用基準と適応疾患
新鮮凍結血漿(fresh frozen plasma:FFP)は全血あるいは成分採血装置により献血者から採取された血漿を採血後6時間以内に-20℃以下で凍結したものである.凝固因子のなかに解凍後急速に活性が低下するもの(第Ⅴ,第Ⅷ,von Willebrand因子)が含まれ,解凍後3時間以内に使用することを原則とする.
通常,複合的な凝固因子の補充を主目的として投与する.FFPの投与にあたってはプロトロンビン時間(prothrombin time:PT),活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time:APTT),フィブリノゲン値測定が必須である.PTで正常の1.5倍の延長,APTTが30%以下に低下している場合にFFPを投与することが望ましい.単なる蛋白質源としての栄養補給,創傷治癒を目的としての投与は行ってはならない.また,循環血漿量の減少している病態には,FFPと比較して膠質浸透圧が高く,より安全な人工膠質液や等張アルブミン製剤の適応である.
生理的な止血効果を期待し得る凝固因子の最小血中活性値は,正常の20~30%である.循環血漿量を40 mL/kg「70 mL/kg×(1−Ht/100)」とし,補充された凝固因子の血中回収率を100%とすれば,凝固因子の血中レベルを20~30%上昇させるのに必要なFFP量は,8~12 mL/kgである. 播種性血管内凝固症(disseminated intravascular coagulation:DIC)の治療の原則は基礎疾患の治療とヘパリンなどによる抗凝固療法で,FFPの投与はこれらの処置を前提として行う.FFPの投与は凝固因子とともに不足した生理的凝固線溶阻害因子(アンチトロンビン[AT]-Ⅲ,プロテインC,α2プラスミンインヒビターなど)の同時補給も目的とする.フィブリノゲン値100 mg/dL以下,血中凝固因子活性30%以下の場合に適応となる.
循環血液量以上の輸血が24時間以内に行われた場合,希釈性凝固障害(凝固活性が30%以下)が起こることがあり,FFP投与の適応となる.
第Ⅴ,Ⅺ因子の単独ないしこれらを含む複数の凝固因子欠乏症など,濃縮製剤のない凝固因子欠乏症もFFP投与の適応となる.クマリン系薬剤は肝臓での凝固因子(第Ⅱ,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ因子)合成に必要なビタミンKの阻害薬である.これらの凝固因子欠乏による出血傾向はビタミンKの補給により数時間以内に改善する.したがって,FFPの投与はクマリン系薬剤(ワルファリンなど)による抗凝固療法中の出血で,緊急に対応しなければいけない場合と緊急手術に限り適応となる.
血栓性血小板減少性紫斑病(thrombocytic thrombocytopenic purpura:TTP)は,von Willebrand因子(VWF)多重体を止血に必要なサイズに分解するVWF特異的切断酵素(VWF-cleaving protease,VWF-CP:別名,ADAMTS13)の欠損(先天性TTP),あるいはVWF-CP(ADAMTS13)に対する自己抗体(インヒビター)の産生や活性低下(後天性TTP)により生じる.先天性TTPに対してはFFPの単独輸血,後天性TTPに対しては血漿交換療法が必要である.
d.アルブミンの使用基準と適応疾患
膠質浸透圧を維持することで循環血漿量を確保(等張アルブミン製剤または加熱人血漿蛋白を使用),あるいは体腔内液や組織間液を血管内に移行させることで治療抵抗性の重度の浮腫を治療(高張アルブミン製剤を使用)することを目的として投与する.人血清アルブミンと加熱人血漿蛋白がある.投与されたアルブミンの血管内回収率は40%であり,必要投与量=期待上昇濃度(g/dL)×循環血漿量(dL)×2.5と計算される.循環血漿量を0.4 dL/kgとすると,必要投与量=期待上昇濃度(g/dL)×体重(kg)となる.アルブミン1 gの投与による血清アルブミン濃度の上昇は,体重A kgの場合には,
となり,体重の逆数で表現される.得られたアルブミン量を患者の病状に応じて2~3日に分割して投与する.
目標のアルブミン値は急性の病態(急性膵炎,腸閉塞など)では3.0 g/dL以上であるが,慢性病態においては2.5 g/dL以上を目標とする.しかし,慢性に経過するアルブミン2.0 g/dLの肝硬変症例へのアルブミン投与は,尿量の減少,腹水などの臨床症状を観察しながら投与を決めるべきであり,血中アルブミン濃度だけで投与を判断してはならない.蛋白質源としての栄養補給や単なる血清アルブミン濃度の維持目的で投与してはならない.
(2)血液型と交差適合試験
a.血液型(ABO抗原系)
ABO型抗原系はA,B,OおよびABの4種類の表現系をもち,A,B,Oの3つの対立遺伝子にコードされている.ABO抗原系では,まず前駆物質となるコア糖鎖にl-フコースが結合し,H鎖抗原物質が生成される.このH鎖抗原物質がO型抗原である.H鎖抗原物質にN-アセチルガラクトサミンがA転移酵素により付加されるとA型抗原物質となり,B転移酵素によりd-ガラクトースが結合するとB型抗原物質となる(図3-1-22).ABO抗原系の特徴として,A型の人の血清中には抗B抗体が,B型の人には抗A抗体が存在し,O型の人の血清中には抗A抗B抗体が存在する(Landsteinerの法則).ただし,O型の人にみられる抗A抗B抗体は,A抗原およびB抗原の両方に反応する抗体で,抗A抗体および抗B抗体として別々に分離できるわけではない.B型の人にみられる抗A抗体,A型の人の抗B抗体がIgMであるのに対し,O型の人にみられる抗A抗B抗体はおもにIgGである.これら抗A抗体,抗B抗体は,赤血球膜表面上に各抗体に対応する抗原が存在するときに必ず(=規則的に)みられるという意味で「規則抗体」,あるいは食物,環境や生体のなかに広く存在するA抗原やB抗原類似の物質に暴露されて感作され,自然に産生される抗体という意味で「自然抗体(“natural” antibody)」とよばれる.ちなみに,わが国では抗A抗体,抗B抗体以外の赤血球に対する抗体を「不規則抗体」とよぶことが多い.これに対応する英語は“unexpected antibody”である.「不規則」抗体という名称から臨床的意義はないと勝手に判断してはならない(図3-1-23).規則抗体,不規則抗体とも,赤血球抗原に対する抗体であり,溶血などの副作用の原因となることを銘記すべきである.
b.Rh血液型
Rh血液型はD,C,c,E,eの5種類の抗原で構成されている.これらRhシステムの抗原型のなかで,D/d, C/c,E/eはそれぞれ対立遺伝子と考えられ,ハプロタイプとして遺伝している.Rh陽性とは通常D抗原をもつことを意味し,RhD陽性と記載されるが,C/c,E/e抗原系も発現している.Rh陰性とはD抗原をもたないもので,RhD陰性と記載されることが多いが,C/c,E/e抗原系は発現している.Rh抗原系のなかで最も免疫原性が強く,臨床的に重要なのはD抗原型であるが,日本人のRh表現型の頻度から,RhEcの不適合の頻度は25%と高いことが知られている.E抗原の免疫頻度はD抗原を除くと,ほかのRh系の抗原のなかでは高いため,抗E抗体が新生児溶血性貧血の原因となることが多い.抗Rh抗体も不規則抗体である(前川,2005).
c.血液型と交差適合試験の検査手順
輸血検査は輸血療法を安全に行うために必須である.ここでは臨床医が知っておくべき,赤血球系を中心とした血液型と交差適合試験,不規則抗体の検査手順について述べる.
1)患者の血液型検査:
試験管による凝集法が基本である.ABOに関しては患者血球の抗原を同定するオモテ試験,患者血清の抗体を同定するウラ試験を行う.オモテ試験には生食で洗浄した赤血球を用いる.オモテ試験とウラ試験の結果が一致してはじめて血液型を確定できる(表3-1-26).血液型については採取時期の異なった検体について2回以上検査を行い,一致していることを確認しなければならない(血液型のダブルチェック).
2)交差適合試験と不規則抗体スクリーニング:
交差適合試験は血液型の一致と不規則抗体の有無を検査するもので,主試験と副試験がある.主試験は赤血球濃厚液(RCC-LR)の血球と患者血清,副試験は患者血球とRCC-LR血漿の反応をみるものである.血液センターから供給されるRCC血漿中には不規則抗体がないことが確認されているので,副試験は省略できる.
血液型検査と交差適合試験の手順を示す(図3-1-24,3-1-25).血液製剤は原則として患者とABO同型の製剤を輸血する.RhD陰性の場合はRhD陰性血を輸血する.
(3)輸血の合併症とその予防
a.溶血性輸血副作用
免疫学的機序によるものとして,血管内および血管外溶血性副作用,遅発性溶血性副作用に分類される.非免疫学的機序によるものとしては過加温や凍結により溶血した赤血球の輸血,輸血針や輸血速度が不適切なことによる物理的溶血や,細菌汚染などによる溶血がある.
1)血管内溶血:
血管内溶血性副作用はABO不適合輸血時の抗A・抗B抗体により引き起こされるものが最も多い.まれに抗Lea,抗Tja,抗Jka抗体などの不規則抗体が原因となる.メジャーミスマッチの輸血が行われた場合,輸血開始10分程度で静脈に沿った熱感,悪寒戦慄,呼吸困難,胸部痛,腹痛,嘔吐などをきたし,ヘモグロビン尿を伴う.したがって,輸血開始後患者の様子を観察していれば,これらの症状に気づくことができる.重篤な腎不全に進行すると,DICに起因する多臓器不全のため死の転帰をとる.
2)血管外溶血:
血管外溶血性副作用は抗E,抗D抗体などRh式血液型抗体や抗M抗体などの不規則抗体による不適合輸血で起こることが多い.不規則抗体に感作された赤血球が脾・肝臓などの網内系に取り込まれて血管外溶血を引き起こす.溶血に伴い悪寒・戦慄をきたすことがあり,輸血効果は不十分で血清ビリルビンの上昇を認める.
3)遅発性溶血性副作用(delayed hemolytic transfusion reaction:DHTR):
DHTRは,患者が過去に輸血あるいは妊娠により赤血球の血液型に対する同種抗体(不規則抗体)を産生している場合に,ふたたび輸血を行った場合にみられる(前川ら,2008).すなわち,年月が経ち輸血前の検査時点では不規則抗体の抗体価は検査の感度以下まで低下しており,不規則抗体検査や交差適合試験を行っても同種抗体は検出できないことが多く,この場合交差適合試験は適合と判定される.輸血すると再度抗原刺激が加わったことになり,抗原刺激を記憶しているメモリーB細胞から過去に産生したことがある不規則抗体が急速に産生され溶血反応が起きる.
b.非溶血性輸血副作用
1)発熱:
頻度の高い輸血副作用で,患者血清中の抗白血球抗体と輸血製剤中の白血球との反応が原因と考えられている.解熱薬の投与により軽快し輸血を中止しなくてもよい場合が多いが,単なる発熱とABO不適合輸血や輸血製剤の細菌汚染血,TRALI(後述)などによる重篤な輸血副作用に伴う発熱とを早期に鑑別し対処することが大切である.
2)アレルギー反応(じんま疹):
よくみられる副作用である.原因は輸血製剤中の血漿蛋白と患者血清中の抗血漿蛋白抗体の抗原抗体反応である.赤血球濃厚液(RCC)では90%血漿成分が除去されているので頻度は低いが,PC,FFP輸血時に発生頻度が高い(PC>FFP).輸血中に起こった場合は輸血速度を遅くして,抗ヒスタミン薬,グリチルリチン製剤の投与で経過観察すれば軽快することが多い.症状が重ければ輸血を中止し,副腎皮質ホルモンを投与する.洗浄赤血球や血漿除去血小板の輸血により防止できることが多い.
3)アナフィラキシー反応:
血液製剤中のアレルゲンが患者マスト細胞のFc受容体と結合した抗IgE抗体と反応し,細胞から種々の化学伝達物質が放出される結果,血管透過性の亢進,平滑筋収縮,サイトカイン分泌の亢進により重篤な症状を呈する.原因となる製剤はPCが7割以上を占め,半数はじんま疹,発熱などの副作用歴をもつ.IgA欠損者におけるIgGクラスの抗IgA抗体によるものがあげられるが,日本人ではIgA欠損者は2万~3万人に1人(欧米では700人に1人)と少ない.しかし,これらの血漿蛋白に対する抗体が検出されるのは7~8%でほとんどが原因不明である.
4)輸血関連急性肺障害(transfusion-related acute lung injury: TRALI):
輸血後6時間以内に呼吸困難と低酸素血症を主徴として発症した非心原性急性肺浮腫である.発症頻度は低いが,致死率はABO不適合輸血についで高く注意が必要である.副作用は輸血開始後2時間以内に発症する場合がほとんどであるが,呼吸困難が初発症状であり,血圧低下と低酸素血症を呈する.また多くの場合発熱を伴う.胸部X線では肺水腫に典型的な両肺野の強いびまん性浸潤影が観察される(図3-1-26). TRALI症例の約90%において血液製剤の血清中から抗HLA抗体,抗顆粒球抗体が検出されるか,または患者血清中から抗HLA抗体,抗顆粒球抗体が検出される.これらの抗体が白血球と反応して活性化補体を放出し,肺に白血球浸潤,血管透過性亢進や肺血管壁の傷害を引き起こすことによって肺実質や肺胞内に滲出液をもたらし,急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)様の病態を引き起こす.しかし,白血球抗体の検出されない症例もあり,また保存赤血球製剤の血漿中に多く含まれる脂質の一部が顆粒球の活性化や活性酸素産生に関与するとの報告もある. TRALIが疑われれば輸血を中止し,患者の全身状態を把握する.低酸素血症に対して酸素療法を,低血圧に対してドパミンの投与を考慮する.人工呼吸器での管理も必要となる.TRALIの疑いが強い場合はステロイドパルス療法を開始する.早期に対応すれば予後良好で大部分は48時間以内に動脈血中酸素分圧が発症前まで回復する.
5)大量輸血時の輸血副作用:
24時間以内に循環血液量をこえる輸血を行う場合を大量輸血という.生体肝移植や骨盤内臓全摘出術などで剥離操作が困難をきわめるとき,大量輸血が必要になることが多い.短時間に大量輸血を行うと,低体温,血清電解質異常,希釈性の凝固障害,抗凝固薬であるクエン酸ナトリウムによる低カルシウム血症などをきたすことがある.低体温により不整脈が誘発されることがあり,輸血ルートに加温器を装着することで防止する.
c.輸血後移植片対宿主病(post transfusion-graft versus host disease:PT-GVHD)とその予防
RCC-LRやPC-LR製剤には,白血球除去がされていても,それでもなお相当数のリンパ球が含まれる.輸血後,これらのリンパ球が患者体内から排除されず,患者のHLA抗原を異物と認識して急速に増殖し,患者の体細胞や組織を攻撃することによって起きる病態である.輸血後に高熱,紅斑,下痢がみられれば本症が疑われる.輸血後1~2週間ほど経過した後,発熱がみられ,手掌,顔面,足底,耳殻などの皮膚が発赤し,下痢や下血が生じ,肝機能障害がみられる.2週間を経過した頃から汎血球減少症がみられ,出血傾向や感染症を併発し,多臓器不全で死亡する(図3-1-27). 当初は免疫不全状態にある患者では輸血されて体内に入ったリンパ球を異物と認識できないために発症すると考えられていたが,免疫不全でない患者にも起きることが明らかとなっている. 骨髄移植後のGVHDとPT-GVHDは混同されやすいが,病態は異なる.骨髄移植などの造血幹細胞移植にみられるGVHDでは,移植された造血幹細胞からあらたな血球が産生されることから,汎血球減少症を生じることは少なく,また治療の手だてもある.終末細胞にまで分化・成熟した血液を輸注する輸血と,造血幹細胞を移植する治療法の違いである.
PT-GVHDに対する有効な治療法は確立されておらず,確実な予防方法をとることが肝要である.FFPを除くすべての輸血用血液製剤については放射線照射を行ったうえで輸血する必要がある.これは,製剤中のリンパ球の増殖能をなくしPT-GVHDの発症を予防するためであり,15~50 Gyの照射を行う.わが国では血液製剤に放射線照射が義務づけられてから,PT-GVHDの発症はみられていない.白血球除去を行うことで,抗HLA抗体や抗顆粒球抗体の産生は有意に抑制されることが明らかになっているが,PT-GVHDを予防するためには,血液製剤(RCC-LR,PC-LR)に対する放射線照射は必須である.
(4)自己血採取と自己血輸血の適応疾患
自己血輸血とは,前もって患者本人から採血して保存しておいた全血を術前,術中,術後などに必要に応じて輸血する治療法のことである.自己血輸血は,同種血と異なりウイルスなどの感染症の伝播や,同種抗原による免疫副作用,さらに血漿蛋白などによるアレルギー反応もない.輸血療法が必要になり自己血輸血が可能である場合,医師は選択肢の1つとして自己血輸血を説明する義務がある.対象となる疾患の多くは,整形外科(変形性股関節症,人工関節置換術など),産婦人科(子宮筋腫,早期子宮癌など),泌尿器科(膀胱癌,前立腺癌など) の疾患である.しかし,細菌感染者(菌血症の可能性があり,採血した血液の保存中に細菌が増殖する危険性がある),重篤な心疾患患者(大動脈弁狭窄症,不安定狭心症,NYHA Ⅲ度以上の症状を有する者),出血性素因のある患者,意識消失を繰り返す患者,それに血液疾患患者などは当然適応外である.自己血輸血で最も注意しなければいけないのは,人為的ミスによる患者あるいは自己血の取り違えである.さらに,保存中に細菌が繁殖することもあり,自己血は安全と安易に考えてはいけない.[前川 平]
■文献
前川 平:輸血療法の基礎と実際.三輪血液病学(浅野茂隆,池田康夫,他監修),p672,文光堂,東京,2005.
前川 平,万木紀美子:遅発性溶血性輸血副作用(delayed hemolytic transfusion reaction, DHTR)— 見逃されている臨床病態 —.臨床血液,49: 1306-1314, 2008.
重松明男,米積昌克他:抗HLA抗体による輸血関連急性肺障害(Transfusion-Related Acute Lung Injury, TRALI)を発症した胃癌合併骨髄異形成症候群.日本輸血細胞治療学会誌,50: 720-725, 2004.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報