コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

近衛家熙 このえ いえひろ

3件 の用語解説(近衛家熙の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

近衛家熙

江戸中期の公卿。近衛基熙の長男。号は予楽院・吾楽軒・虚舟子等。関白・太政大臣に至る。のち三宮に准じ、剃髪。学問を好み有職故実に通じる。茶湯・立花・香・書画も能くした。主な著に『大手鑑』『家熙公記』等。元文元年(1736)歿、70才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

このえ‐いえひろ〔コノヱいへひろ〕【近衛家熙】

[1667~1736]江戸中期の公卿。摂政・関白・太政大臣を歴任、准三后。出家して予楽院と号した。書は当代一流と称された。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

このえいえひろ【近衛家熙】

1667‐1736(寛文7‐元文1)
江戸中期の公卿。関白基熙の男,母は常子内親王。号は虚舟。法号予楽院。権大納言右大臣などを経て,1704年(宝永1)左大臣,07年関白となる。さらに09年摂政,10年太政大臣となる。25年(享保10)12月24日出家し,真覚と号す。すこぶる文を好み,書をよくし,また茶の湯などにも精通し,博学多識ぶりは,その言行を筆録した侍医山科道安の《槐(かい)記》にうかがえる。【橋本 政宣】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の近衛家熙の言及

【書】より

…宸翰としては後水尾天皇や霊元天皇に和歌懐紙など伝存するものも少なくないが,学殖豊かな風格は争えないものがある。三藐院の4代後の近衛家熙(いえひろ)(1667‐1736)は予楽院と号し,博学多識の学者であり,書は平安時代の仮名に習熟し,江戸時代を通じて古典を再現した第一人者であろう。 近世の書道史上に忘れてならないのは中国明人の来朝である。…

※「近衛家熙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

近衛家熙の関連キーワード昭海紹蘇補仲等修元文金銀元文肥前座岡林竹新助の方鍋島直称伏原宣通本目親辰

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone