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唐様 からよう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

唐様
からよう

(1) 美術工芸用語としては,中国的様式の美術工芸品をいう。『東大寺献物帳』に「唐大刀」と「唐様大刀」の語がみられるように,中国製の美術工芸品の意味をもつ唐物 (からもの) と区別した。 (2) 書道史の用語としては,奈良,平安時代の中国の王羲之を中心とする唐風の書,また室町時代禅林で盛行した宋元風の書,さらに江戸時代における文徴明などの明風の書をいう。

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デジタル大辞泉の解説

から‐よう〔‐ヤウ〕【唐様】

中国風であること。唐風(からふう)。
「―にいえば風流瀟洒」〈逍遥当世書生気質
中国風の書体。特に、江戸時代の学者間で流行した、元・明(みん)風の書体。
行・草書以外の漢字の書体。楷書・隷書・篆書(てんしょ)など。
禅宗様(ぜんしゅうよう)

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百科事典マイペディアの解説

唐様【からよう】

禅宗様とも。鎌倉時代に禅宗とともに中国から伝来した建築様式で,和様建築に対しての名称。木割が細く,軒反(のきぞり)が強く,屋根の傾斜が急で,細部に装飾の多いのが特徴。
→関連項目鎌倉時代北山文化虹梁寺院建築折衷様

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世界大百科事典 第2版の解説

からよう【唐様】

一般的には中国風の形式をもつとの意味で,日本固有の伝統的な和様に対していう。唐帝国の形式とは限らない。古代では唐綾唐糸,唐鏡などは唐からの伝来品またはその形式と技法を模して製作したものを指し,上等品の意味合いがこめられていた。唐歌(からうた)は漢詩のこと,唐子(からこ)は中国風俗をした幼児である。絵画,座敷飾にも唐様といわれるものがあった。書道では江戸時代に中国の書を学んだ一派の書風を唐様という。

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大辞林 第三版の解説

からよう【唐様】

中国風。からざま。 「出立いでたちを-にするならでは手立なし/風姿花伝」
中国風の書法。特に、江戸中期に伝わった明風の書法。 「売り家と-で書く三代目」
禅宗様ぜんしゆうよう」に同じ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

唐様
からよう

日本美術用語。書と建築の分野で用いられるが、意味は一様でない。
 書では中国風の書という意味であるが、実際にはもっと狭義で、とくに江戸時代の儒者・文人たちの間で中国の書風に傾倒することが流行し、主として宋(そう)・元(げん)・明(みん)の書家を手本にして書いたものを、和様に対して唐様と称した。
 建築では、鎌倉時代に禅宗とともに中国から伝えられた宋の建築様式を模して寺院が建てられ、唐様あるいは禅宗様と称した。これは禅寺ばかりでなく、のちには一般の寺院や霊廟(れいびょう)にも取り入れられたが、奈良時代以来の和様建築に比べると、間取り、構造、細部の装飾などに大きな相違がある。その特徴のおもなものをあげると、(1)柱の上下端に粽(ちまき)をつくって丸みをつけ、下端に礎盤を付す、(2)天井を鏡天井にする、(3)垂木(たるき)は扇垂木にする、(4)肘木(ひじき)の端(はな)を円弧状にする、(5)扉に桟で組んだ桟唐戸(からど)を用いる、(6)窓にアーチ形の曲線をもつ火灯窓を用いる、(7)虹梁(こうりょう)に曲線をもった海老(えび)虹梁を用いる、(8)堂内や回廊の床を瓦(かわら)敷きにする、などである。唐様建築の代表的な遺構には、円覚寺舎利殿(鎌倉市)、安楽寺八角三重塔(上田市)、永保寺(えいほうじ)観音堂(多治見市)などがある。[永井信一]

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世界大百科事典内の唐様の言及

【江戸時代美術】より

…同じころ明末・清初の花鳥画の手法も河村若芝,渡辺秀石ら長崎の画人により模倣されている(長崎派)。来日した黄檗僧や知識人の書に学んで〈唐様〉と呼ばれる新しい書風が北島雪山らにより興されたのも前期の終りころである。
【後期】
 前期の美術の展開が,桃山的なものから江戸的なものへの移行の過程としてとらえられるのに対し,後期の美術は,より民衆的なレベルでのそれの再編,成熟の時期といえる。…

【社寺建築構造】より

…中世までは柱の下部の床下に隠れる部分も丸くしてあるが,近世以後は八角や十六角で,丸く仕上げられていない。なお,禅宗様(唐様)では柱と礎石の間にそろばん珠のような礎盤(そばん)を入れる。角柱はすみを45度に削り落として用い,これを〈面(めん)をとる〉という。…

【書】より

… 近世の書道史上に忘れてならないのは中国明人の来朝である。黄檗(おうばく)僧隠元などによってもたらされた新書法で,唐様(からよう)と呼ばれ,とくに大字にすぐれた雄渾な筆致を示している。当時明国は清に滅ぼされたため,日本に亡命する意味もあって,1653年(承応2)独立(どくりゆう)が初めて長崎に渡来,翌年隠元が来り,その門下の木庵・即非も来朝し,黄檗山万福寺の住持となった。…

【禅宗寺院建築】より

…仏殿は古代寺院の金堂にあたり,本堂,大雄殿(だいゆうでん)とも呼ばれる。大寺のものは本体は五間に裳階(もこし)つきの大型堂で,中央の天井を高く張り,宋で発達した減柱造で内部柱を少なくして広く高い空間をつくり,組物は唐様三手先詰組(みてさきつめぐみ)とし,外観は重層の立派なものであった。初期の仏殿は現存していないが,広島不動院金堂はその面影を伝えるものである。…

【日本建築】より

…たとえば禅宗建築では,建物の正面の幅の1.4倍くらいが棟(むね)の高さであるから,全体の形は縦長の長方形となるが,和様の建物では棟高は建物の正面の幅と同じか,それ以下となっている。柱と頭貫(かしらぬき)とで構成される各軸部の割合は,禅宗様(唐様(からよう))では中央の間で正方形あるいは縦長の長方形となるが,和様では正方形とする。禅宗様では左右の間は中央の間の7割ほどの広さしかないから,隅にいくにしたがって,軸部の縦横の差は大きくなるが,和様では左右の間があまり狭くならないから,ほぼ正方形に近く,また長押(なげし)が外に打たれるので,柱の垂直線よりも長押の水平線の方が強調される。…

【和様建築】より

…〈やまとのかたち〉と信じられているものだが,実際には飛鳥・奈良時代に中国の唐から伝えられ,これを学び,平安時代を通じてしだいに日本人の感覚と風土に合うように変容した文化様式を指している。そして〈和様〉という用語は鎌倉時代以降新たに中国から摂取した唐様(禅宗様)や天竺様(大仏様)に対比し,それ以前から日本で広く用いられ,中国とは異なる表現となっていた様式を区別するために使われた言葉である。 建築では鎌倉時代に宋・元の新技術や様式が伝わり禅宗様,大仏様建築が建てられると,和様にも部分的にとり入れられ,鎌倉中期以降純粋の和様はほとんどみられなくなる。…

※「唐様」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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