大伴(おおとも)氏の祖。日臣命(ひのおみのみこと)。神武(じんむ)天皇の大和(やまと)入りに際し、八咫烏(やたがらす)の後を追って熊野(くまの)山中を先導し、天皇よりこの名を賜う。大和平定の戦いにも功あり、天皇即位後、築坂邑(つきさかのむら)(橿原(かしはら)市鳥屋(とりや)町)に宅地(いえどころ)を賜ったとされる伝説的人物。『日本書紀』によれば、大久米部(おおくめべ)を率い「よく諷歌倒語(そえうたさかしまごと)をもって妖気(ようき)を掃(はら)い平らげた」とあり、また道臣命を厳媛(いつひめ)とし、斎主(いわいぬし)として高皇産霊神(たかみむすびのかみ)を祀(まつ)ったとある。前者は道臣命が呪力(じゅりょく)ある言語を管掌(かんしょう)したことを意味し、後者は践祚大嘗祭(せんそおおにえのまつり)にも重要な役割を演じたことを推定させるもので、大伴氏を考えるうえで興味深い。
[吉井 巖]
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...