内科学 第10版 「遺伝子疾患への対策」の解説
遺伝子疾患への対策(遺伝子疾患)
遺伝子の変化,そして,その源であるDNA配列の変化を調べることにより,疾患ないし特定の病態(薬物の有効性や副作用など)を診断することが「遺伝子診断」である.従来は,おもにMendel遺伝病を対象としていたが,ゲノム医学の進展とともに,癌や感染症,生活習慣病などの多因子遺伝病をも対象として行われるようになってきた.特に後者に対する遺伝子診断は,浸透率の高い先天性疾患などのMendel遺伝病における“発症前診断”と異なり,あくまでリスクの高さを予測できるにすぎない,“易罹患性診断”である.その臨床的有用性は,感度,特異度,および陽性適中率などの厳密な評価がなされて,はじめて明らかとなる.すなわち,易罹患性診断では,どの‘遺伝子群’の変化が疾患発症のリスクをどの程度高めるかという命題が第一に解決されなければ,遺伝子診断の有効性について議論することは難しい.
また近年,疾病の診断およびリスク評価の精度向上という点に加えて,薬物治療の至適化という点での,遺伝子情報の活用が注目されている.多くの大規模臨床試験の結果に基づく治療指針(ガイドライン)が作成されて,薬物治療の「標準化」が積極的に推進されることとなった.しかし,こうした指針に従って注意深く薬物治療がなされたとしても,ある薬物が特定の患者に真に有効である(あるいは副作用を生じない)という保証はない.「標準化」された臨床的判断に基づく薬物治療の有効性が,個々人レベルではいまなお“ばらつき”を生ずる原因の1つとして遺伝素因の関与が想定され,薬物反応性に影響する遺伝子情報(遺伝子多型)を探索するための薬理ゲノム学(ファーマコゲノミクス)研究が注目されている.これは,前述した個別化医療の核心をなす個別化処方のための基盤的知見を提供する.すべての患者に副作用もなく一様な効果をもつ治療薬が開発されれば確かに理想的である.しかし,特に多因子遺伝病の病因的多様性を考慮すれば,個別化処方への一定のパラダイムシフトは避けられない.抗癌薬の有効性が特定の遺伝子変異(たとえば肺癌治療薬ゲフィニチブの標的となるEGFR遺伝子の変異)の有無に大きく左右されるケースなどでは,個別化処方がすでに始められている.
(2)遺伝カウンセリング
遺伝性疾患への心理的・社会的支援として遺伝カウンセリングが必要とされる状況は大きく3つ(出生前,小児期および成人期)に分類される.出生前遺伝カウンセリングは,相談者の家系内に先天異常などの患者がいまだ存在しない状況下で,高齢出産や習慣流産などのケースにおいて,妊娠中の胎児あるいはこれからの妊娠を考える際のリスクに関するものである.小児期遺伝カウンセリングは,先天異常などの小児期発症の疾患罹患者がすでにいる状況下で,同じ両親から次に生まれる子供のリスクに関するものである.成人期遺伝カウンセリングには,前述した2種類(発症前診断と易罹患性診断)の遺伝子診断が関係する.特に発症前診断は,神経変性疾患などの高浸透率で遅発性の常染色体性優性遺伝病の場合に考慮されるものである.ただし発端者の遺伝子変異が明らかにされると,ほかの血縁者の発症前診断が可能となるため,治療法や予防法のない疾患の場合は,特に慎重に対応する必要がある.
(3)遺伝性疾患の治療
症状の緩和を主目的とする現行の治療は,多くの遺伝性疾患(特にMendel遺伝病)に対して十分といえない.病因遺伝子が生体内でどのように(正常に)機能しているかを明らかにすることがまず必要であり,しかる後に有効な治療法を考案・開発することができる.生化学的レベルで病態がよく理解されている先天性代謝異常のなかには,有効な治療的介入法のあるものが存在する.たとえば新生児マススクリーニング・プログラムの対象疾患の1つであるフェニルケトン尿症(OMIM#261600)では,高リスク児が同定されて低フェニルアラニン食が与えられれば,重篤な認知障害を免れることができる.しかし,現状で満足のいく治療法があるのはごく少数の遺伝性疾患に限られる.X連鎖重症免疫不全症(OMIM#300400)などの一部のMendel遺伝病や,癌などの多因子遺伝病に対しては,患者の体細胞で,直接標的遺伝子を改変する遺伝子治療も試みられているが,その成果はいまだ限定的なものである.[加藤規弘]
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文献加藤規弘:ゲノムワイド関連解析(GWAS).動脈硬化予防,10(3),98-99,2011.
Strachan T, Read AP: Chapter 15 複雑な疾患の遺伝的マッピングと同定.ヒトの分子遺伝学第4版(村松正實,木南 凌,他監訳),pp537-569,メディカルサイエンスインターナショナル,東京,2011.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報