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鄧子恢 とうしかいDeng Zi-hui

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鄧子恢
とうしかい
Deng Zi-hui

[生]光緒19(1893).福建竜岩
[没]1972.12.10. 北京
中国の政治家,革命家。 1916年日本に留学し,帰国後,黄埔軍官学校を卒業。 25年国民党,26年中国共産党に入党。 30年 閩西ソビエト政府主席,31年中華ソビエト政府財政人民委員に選ばれた。紅軍長征に際しては後方に残留した。 34年瞿秋白らとともに国民政府軍に捕えられたが脱走。日中戦争中は新四軍第4師政治委員。 45年党中央委員となり,49年中原臨時人民政府主席を経て,中華人民共和国成立以後は農政部門の指導者として活躍し,党中央農村工作部長をつとめた。 55年農業合作化の発展速度などについて慎重論を主張。毛沢東との意見対立が起き,「右傾日和見主義」と批判された。 1960年代初期,農業生産の請負制を主張したが,再度毛沢東によって批判され実権を失った。 69年九全大会で中央委員に当選したが,文化大革命の迫害から逃れなかった。 72年北京で病死。 81年中共中央の決定によって名誉が回復され,農村政策も再評価された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

子恢
とうしかい / トンツーホイ
(1896―1972)

中国の政治家。福建省の生まれ。1916年(大正5)日本に留学、帰国後に黄埔(こうほ)軍官学校卒業。1926年共産党に入党、1931年中華ソビエト臨時政府の財政担当。紅軍の長征には後方に残留、新四軍第四師団の政治委員を務めた。戦後の内戦では中原(ちゅうげん)臨時人民政府主席などを経て、新中国成立後は党内の農業・財政委員会を担当、1954年国務院副総理、中共中央委員、1959年中共農村工作部長の職にあった。[加藤祐三]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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