中国、明(みん)末の貿易商、武将。福建省泉州に生まれる。字(あざな)は飛黄(ひこう)。「日本甲螺(かしら)」といわれ、日本では一官(いっかん)、老一官として知られ、ニコラスという受洗名をもっていたともいう。18歳で父を失い、伯父の船に乗って日本に行き、平戸の田川氏の娘と結婚した。その間に生まれた福松が後の鄭成功(ていせいこう)である。密貿易で巨富を蓄え、明朝から招かれて海防遊撃となり、ついで総兵官、都督(ととく)に進んだ。明の滅亡後、福王弘光(こうこう)帝が南京(ナンキン)で擁立され、福王は芝龍を南安伯にした。福王の死後、芝龍は唐王隆武帝を福州で擁立して平虜(へいりょ)侯となり、さらに太師平国公になり、日本に援兵を請う使者を送った。1646年に芝龍は、清(しん)軍に内通して福州を落とし、以後はしばしば清に抗していた鄭成功を招諭した。しかし成功がこれに応じなかったため、成功に通じたという罪によって、61年の4月に殺された。
[田中健夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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