柳川流(読み)やながわりゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

柳川流
やながわりゅう

三味線組歌流儀名。箏の八橋検校に対して三弦の名手として知られた柳川検校 (?~1680) が,石村,虎沢,山井検校と伝えられてきた三味線組歌の名人であったために柳川流といわれるようになったと『糸竹初心集』にいわれている。その秘曲が浅利検校を経て早崎検校によって伝えられ,早崎の門人深草検校の『十二月新組』『千代の恵』を加えて「早崎流」と呼ばれるようになった。さらに大坂での伝承が柳川から浅妻,野川と伝えられ,かなり改変されて野川流と称されるようになってから,本来の京都での伝承と大坂での伝承を区別して現在では柳川流と称している。早崎以後の京都における伝承は確かではないが,明和6 (1769) 年には田中検校によって楽譜化が試みられ,寛政5 (93) 年には,脇坂,堀田,滝永,松井の各勾当によって『五線録』として改訂編集されたが,同じものが田中,安村,河原崎,上原,桂,富士岡の各検校に代々伝えられ,明治に入って古川滝斎により『柳川流本手組大意全書』として編集され流布された。現在では柳川流の伝承曲は数曲のみとなっている。

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大辞林 第三版の解説

やながわりゅう【柳川流】

地歌の流派の一。流祖は柳川検校。後に派生した野川流とともに地歌界を二分しているが、分布は野川流より狭く、京都中心にのみ伝承されている。

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世界大百科事典内の柳川流の言及

【地歌】より

…とくに柳川が〈カタバチ(片撥)〉(撥を弦にあてて胴皮におろす普通の弾き方とスクイ撥が交互になるモロバチが本手には用いられたが,これに対して普通の弾き方のみが連続する)の奏法によって新作したものを〈破(端・葉)手(はで)〉と称してから,それ以前のものを,狭義の〈本手組〉(表組)と称した。元禄期(1688‐1704)には,京都では早崎(はやさき)勾当(?‐1717),大坂では野川検校を中心に異なる伝承体系を生じ,前者を早崎流ないし柳川流,後者を野川流と称した。現在では,京都の伝承は6曲ほどのみであるが,大阪では32曲のすべてが伝承され,表組,破手組,裏組,中組,奥組に分類される。…

【三味線組歌】より

…京都において,その伝承体系を確立させたのは柳川検校であって,みずから破手組その他の楽曲の作曲も行い,それ以前の古曲のみを本手組と称した。柳川の体系づけたものは,その後の伝承において,柳川流と称せられ,その詞章は《松の葉》(1703)に収録された。 一方,大坂において異なる伝承体系も生まれ,その確立者は野川検校とされ,その後の伝承を野川流と称した。…

【柳川検校】より

…盲人音楽家。地歌三味線柳川流の祖。都名(いちな)は応一。…

※「柳川流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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