金幣猿嶋郡(読み)きんのざいさるしまだいり

改訂新版 世界大百科事典 「金幣猿嶋郡」の意味・わかりやすい解説

金幣猿嶋郡 (きんのざいさるしまだいり)

歌舞伎狂言。時代物。原作は5幕であるが,現存台帳は五建目が欠けて4幕7場。4世鶴屋南北75歳の作。1829年(文政12)11月江戸中村座初演。前太平記の世界に人形浄瑠璃の《日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)》の筋を綯交(ないま)ぜた顔見世狂言。南北は一世一代を称したが,上演中に没し,絶筆となる。配役は田原藤太秀郷・坂東太郎有武実は伊予掾純友・藤原忠文・狂言師升六実は清姫忠文亡霊を2世中村芝翫(しかん)(のちの4世歌右衛門),滝夜叉姫実は相馬将門亡魂・庄司娘お清・秀郷妻矢橋を5世瀬川菊之丞,大芦原将平・四ツ塚大作実は伊賀寿太郎・箕田任・八坂浄蔵を初世嵐冠十郎,純友実は寿太郎一子金剛丸・田原千晴・如月尼実は将平姉御厨を初世三枡源之助など。将門の亡魂が滝夜叉姫にのり移り,清姫の怨霊と忠文の亡霊が合体して,2組の男女の双面(ふたおもて)が成立するのが第1の趣向で,一番目大詰の〈御殿の場〉を山塞中の御殿とし,幹部の前記4人が夫婦・親子・主従の関係として登場するが,どんでん返しでこの関係が交代してしまうのが第2の趣向。ほかに三建目の《(しばらく)》をどもりとし,下級役者にさせるなど,無人一座で興行した顔見世の異色作である。二番目は常磐津富本長唄掛合による所作事の《道成寺思恋曲者(どうじようじこいはくせもの)》で,芝翫が踊り好評を得た。その改訂作が《奴道成寺》として今日に残った。一番目も近年に価値が認められて復活上演されている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の金幣猿嶋郡の言及

【鶴屋南北】より

…幕府当局からの狂言差止めは1812年(文化9)1月市村座《色一座梅椿(いろいちざうめとしらたま)》でも惹起し,その年中不当りが続いたが,翌13年3月森田座での《お染久松色読販(うきなのよみうり)》(半四郎のお染の七役)は大当りを占めた。 後期の代表作には,半四郎の〈女清玄〉の《隅田川花御所染(すみだがわはなのごしよぞめ)》(1814年3月市村座),お六・八ッ橋(二役,半四郎)と願哲(幸四郎)の《杜若艶色紫(かきつばたいろもえどぞめ)》(1815年5月河原崎座),公卿の息女が宿場女郎に転落した巷説を舞台化した《桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしよう)》(1817年3月河原崎座),俳優の日常生活を舞台化した〈世話の暫〉の《四天王産湯玉川(してんのううぶゆのたまがわ)》(1818年11月玉川座),菊五郎,幸四郎の亀山の仇討《霊験亀山鉾(れいげんかめやまぼこ)》(1822年8月河原崎座),菊五郎,半四郎,団十郎の不破名古屋と権八小紫の《浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなずま)》(1823年3月市村座),清元《累(かさね)》を含む《法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)》(1823年6月森田座),その最高傑作である《東海道四谷怪談》(1825年7月中村座),深川五人斬事件を劇化した《盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)》(1825年9月中村座),また番付にみずから一世一代と銘うった最後の作《金幣猿嶋郡(きんのざいさるしまだいり)》(1829年11月中村座)などがある。その年11月27日没し,葬礼に際しては《寂光門松後万歳(しでのかどまつごまんざい)》と題する正本仕立ての摺物を配らせ,自分の手で死を茶化した。…

※「金幣猿嶋郡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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