化学辞典 第2版 「鉄化合物」の解説
鉄化合物
テツカゴウブツ
iron compound
鉄の酸化数は-2(d10)から6(d2)まであるが,通常,酸化数2(d6),3(d5)で化合物をつくる.3がもっとも安定な酸化数である.【Ⅰ】鉄(Ⅱ)化合物:酸化物,ハロゲン化物,硫化物,硫酸塩,炭酸塩,錯化合物などがあるが,FeSO4・7H2O(淡緑色)がよく知られている.普通の条件のもとでは鉄(Ⅱ)塩は鉄(Ⅲ)塩より不安定で,水溶液中では空気により徐々に鉄(Ⅲ)塩に酸化される.液を酸性にして鉄(Ⅱ)塩の加水分解をおさえれば鉄(Ⅱ)塩は安定になるが,中性ないしアルカリ性では強い還元性を示す.水溶液は鉄(Ⅲ)塩ほどではないが,加水分解して酸性を示す.水溶液および水和物は一般に淡緑色で,無水和物および錯塩は特有の色をもつ.水溶液中では,淡青緑色の [Fe(H2O)6]2+ が安定に存在する.複塩をつくりやすく,これは一般に単塩より安定である.たとえば,モール塩(NH4)2SO4・FeSO4・6H2OはFeSO4より酸化されにくい.錯塩やキレートをつくりやすく,ビピリジン(bpy)やオルトフェナントロリン(phen)とは,とくに安定なキレート錯体を生成する.[Fe(bpy)3]2+ は赤色(吸収ピーク波長522 nm),[Fe(phen)3]2+ は橙赤色(510 nm).錯体は正四面体四配位および正八面体六配位が普通である.一般に常磁性であるが,ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸イオン [FeⅡ(CN)6]4- やフェロセン(ビス(シクロペンタジエニル)鉄(Ⅱ)(橙色))は反磁性である.ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸の塩は黄色を示すので,一般的に黄血塩とよぶが,とくにK4[FeⅡ (CN)6]をさすことが多い.ヘモグロビンは鉄(Ⅱ)のポルフィリンキレート,すなわち,ヘムとタンパク質グロビンとが結合したもので,鉄が酸素分子を捕そくまたは放出することにより,生物体内に酸素を運搬供給している.塩化鉄(Ⅱ)は消臭剤,リン固定剤,染料排水の脱色・還元剤,凝集沈殿剤などとして使用される.【Ⅱ】鉄(Ⅱ)鉄(Ⅲ)化合物:混合原子価状態の化合物で,四酸化三鉄FeⅡO・FeⅢ2O3(黒色),ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸四鉄(Ⅲ)Fe4[Fe(CN)6]3,ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸カリウム鉄(Ⅲ)FeⅢK[Fe(CN)6]はともに濃青色で,前者は不溶性(水に)プルッシアンブルー,後者は可溶性プルッシアンブルーとよばれ,顔料として使われてきた.濃青色は [Fe(CN)6]4- から FeⅢへの電荷移動吸収帯による.一般に強く着色している.【Ⅲ】鉄(Ⅲ)化合物:もっとも安定な鉄化合物で,酸化物,ハロゲン化物,硫化物,硝酸塩などがあり,硫酸塩および鉄ミョウバンMFe(SO4)2・12H2O(M = アルカリ金属)がよく知られている.炭酸塩,ヨウ化物はない.空気中で安定である.水和塩や水溶液は,鉄ミョウバンなどのように [Fe(H2O)6]3+ を含むときは淡紫色であるが,一般には陰イオン配位子-FeⅢ間の電荷移動帯により強く着色する.水溶液は容易に加水分解して酸性を示し,生成した水酸化鉄(Ⅲ)がゲル状に析出して褐色を呈する.γ-酸化鉄(Ⅲ)Fe2O3は,フェライト原料,塗料,インキ,研磨剤,磁気記録用媒体(テープ,ディスク,切符用)として重要である.錆Fe2O3・nH2Oは水分の存在で発生し,二酸化炭素により促進される.鉄(Ⅲ)イオンは錯体を形成する傾向がいちじるしく,ハロゲノ,シアノ,チオシアナト,アセタート,オキサラトなどの錯イオンや,有機物とのキレート化合物が多数ある.常磁性.塩化鉄(Ⅲ)は都市下水処理-工場廃水処理剤,顔料の製造用,プリント配線・写真製版などのエッチング剤に用いられる.【Ⅳ】そのほかの酸化数:カルボニル化合物[Fe-Ⅱ(CO)4]2-,[Fe0 (CO)5]では,鉄の酸化数は-2,0.鉄酸塩FeⅣ O44-,FeⅤ O43-,FeⅥ O42-では4,5,6もある.濃赤紫色のK2FeO4は水溶性で,アルカリ性では比較的安定で,過マンガン酸塩より強力な酸化剤である.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報