フェロセン

デジタル大辞泉 「フェロセン」の意味・読み・例文・類語

フェロセン(ferrocene)

二つのシクロペンタジエン環で鉄がサンドイッチにされた分子構造をもつ有機鉄化合物。橙赤色の結晶で有機溶媒に溶ける。

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化学辞典 第2版 「フェロセン」の解説

フェロセン
フェロセン
ferrocene

[Fe(η5-C5H5)2](186.04).ビス(η5-シクロペンタジエニル)鉄(Ⅱ)のこと.最初に合成されたサンドイッチ錯体で,鉄原子の上下にシクロペンタジエニル (C5H5) がサンドイッチ状に配位した安定な化合物.1951年に,J.J. KealyとP.L. Pausonはフルバレンを合成しようとして安定な橙赤色の結晶を得たが,この化合物はシクロペンタジエンの性質を示さず,しかも芳香族性を示すので,フェロセンと名づけられた.1952年から1953年にかけて,X線回折,赤外吸収スペクトルにより,この化合物がサンドイッチ構造であることが確かめられた.合成法には,無水塩化鉄FeCl3と臭化シクロペンタジエニルマグネシウムとの反応,FeCl2とシクロペンタジエニルナトリウムまたはシクロペンタジエニルリチウムとを反応させる方法,ジエチルアミンのような塩基の存在下にFeCl2とシクロペンタジエンとを反応させる方法などがある.融点173~174 ℃,沸点249 ℃.密度1.49 g cm-3.普通の有機溶媒に可溶,水に不溶.100 ℃ 以上で昇華する.反磁性で,酸の共存下で空気酸化すると,青色のビス(η5-シクロペンタジエニル)鉄(Ⅲ)イオン [Fe(C5H5)2] を生じる.ほかの芳香族化合物と同じく,求電子反応が起こりやすい.二つの五員環の配置はねじれ形(図(a))とされたが,結晶中-175 ℃ では,重なり形(図(b))であり,-109 ℃ までは重なり形に近いが,上下の五員環が約9°回転した配置をとっている.室温で,ねじれ形構造をとる証拠は得られていない.ガス状態では重なり形をとる.理論的には重なり形が2.78 kJ mol-1 だけねじれ形より安定である.一方,多くのメタロセンはおもにねじれ形であり,またペンタメチル置換体の[Fe{C5(CH3)5}2]はねじれ形である.Fe2+ のかわりにほかの金属イオンの入ったものを総称してメタロセンという.[CAS 102-54-5]

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改訂新版 世界大百科事典 「フェロセン」の意味・わかりやすい解説

フェロセン
ferrocene

化学式[Fe(C5H52]。ビス(シクロペンタジエニル)鉄(Ⅱ)の通称。1951年イギリスのキーリーT.J.KealyとポーソンP.L.Pausonによってつくられた初めてのサンドイッチ化合物(図)。

 橙赤色単斜晶系結晶。融点173℃,沸点249℃。昇華性がある。熱的に安定で,気体は470℃に熱しても分解しない。水に不溶,メチルアルコールエチルアルコールエーテルベンゼンなど有機溶媒に可溶。化学的にも安定で,水酸化ナトリウム水溶液,濃塩酸などと熱しても分解しない。酸化剤にはたやすく酸化されてフェリシニウム塩[Fe(C5H52]Xとなりやすいが,これは有機溶媒には溶けにくく,水には溶けやすい。フェリシニウム塩は還元剤でたやすくフェロセンとなる。芳香族性があり,多くの芳香族置換反応がみられ,フェロセン化学という独自の分野を形成するに至っている。反磁性。

 フェロセンは次のような反応でつくられる。(1)塩化鉄(Ⅲ)無水和物とシクロペンタジエニルのグリニャール試薬を反応させる。

 6C5H5MgBr+2FeCl3─→2[Fe(C5H52]+3MgCl2+3MgBr2+C5H5-C5H5

(2)シクロペンタジエニルナトリウムと塩化鉄(Ⅱ)とを反応させる。

 2C5H5Na+FeCl2─→[Fe(C5H52]+2NaCl

(3)シクロペンタジエンと塩化鉄(Ⅱ)をジエチルアミンの存在下反応させる。

 2C5H6+FeCl2+2(C2H52NH─→[Fe(C5H52]+2NH2(C2H52Cl
サンドイッチ化合物 →メタロセン
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「フェロセン」の意味・わかりやすい解説

フェロセン
ふぇろせん
ferrocene

シクロペンタジエニル環2個が鉄原子をサンドイッチ状に挟んだ構造をもつ有機鉄化合物。メタロセンの代表的なものである。1951年にデュポン社のポーソンPeter Ludwig Pauson(1925―2013)らにより合成された。無水塩化鉄(Ⅱ)にジエチルアミンのような塩基を加え、シクロペンタジエンと反応させて合成する。ベンゼン、エーテルなどの有機溶媒に可溶。また水蒸気蒸留も可能である。ベンゼンに似た芳香族性を示し、芳香族化合物に特有な求電子的置換反応を行う。ただし、ニトロ化などの酸化を伴う反応では、フェロセン環を構成する鉄(Ⅱ)が酸化されて鉄(Ⅲ)になったフェリシウムイオンが生成する。

[佐藤武雄・廣田 穰 2015年7月21日]


フェロセン(データノート)
ふぇろせんでーたのーと

フェロセン

 分子式 C10H10Fe
 分子量 186.0
 融点  173~174℃
 沸点  249℃
 比重  1.49(25℃)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フェロセン」の意味・わかりやすい解説

フェロセン
ferrocene

化学式 (C5H5)2Fe 。2個のシクロペンタジエニル環の中間に鉄原子が存在するπ錯体。橙色の針状晶,融点 173~174℃。安定で,水,10%水酸化ナトリウム,沸騰濃塩酸に不溶,アルコール,エーテル,ベンゼンに可溶。濃硝酸や濃硫酸には溶けて深赤色を示す。このシクロペンタジエニル環は正五角形で,10個の水素原子は同一の性質をもっている。炭素-炭素間の距離は 1.42 Å ,2個の環の間隔は 3.2 Å ,鉄原子と炭素原子との距離は 2.05 Å である。フェロセンのペンタジエニル環は芳香族性を示し,フリーデル=クラフツ反応を行い,水素添加は容易でない。フェロセンの鉄原子の代りに他の金属,たとえばクロムやコバルトが入った化合物を含めて,メタロセンと総称する。

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百科事典マイペディア 「フェロセン」の意味・わかりやすい解説

フェロセン

化学式はFe(C5H52。ビス鉄(II)の通称。シクロペンタジエニル基の5員環が2枚Fe2(+/)をはさんだサンドイッチ構造をとる有機金属化合物。融点173℃。橙赤色結晶。1951年キーリーとポーソンによって塩化鉄(III)無水和物FeCl3とC5H5MgBrとの反応から,1952年ミラーらによって還元鉄の上にシクロペンタジエン蒸気を通して得られた。水に不溶,有機溶媒に可溶で,きわめて安定。

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世界大百科事典(旧版)内のフェロセンの言及

【化学】より

…新しい形の有機金属化合物も数多く見いだされた。そのなかでも二つのシクロペンタジエンが鉄原子を挟み込んだフェロセンは,51年ポーソンP.L.Pausonによって初めてつくられ,後につくられた数多くの類似化合物(一般にメタロセンという)の基本化合物となった。希ガスの一部が化合物をつくる理論的可能性がL.C.ポーリングによって指摘されていたが(1933),バートレットNeil Bartlett(1907‐ )がヘキサフルオロ白金酸キセノンの合成に成功(1962)して,希ガス化合物の世界を開いた。…

【サンドイッチ化合物】より

…平面状分子ないしはイオンとしては,シクロペンタジエニル,インデニル,ベンゼン,フタロシアニンなどがその典型的なものである。たとえばその代表的なものであるビス(シクロペンタジエニル)鉄(II)(フェロセンとよばれている)は,1951年イギリスのキーリーJ.KealyとポーソンP.L.Pausonがそれぞれ独立にはじめてつくった化合物であるが,図のようなシクロペンタジエニル環の正五角形が54度ずれて重なったサンドイッチ構造(鼓形ともいわれる)をしており,それまでにまったく知られていなかった構造をとる化合物ということで注目された。そしてこれに刺激されて同様の構造をもった化合物の合成が多くの化学者の目標となり,各種の金属錯体が合成され,たとえばビス(シクロペンタジエニル)錯体[MII(C5H5)2](MII=V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Ru,Os,その他),ビス(インデニル)錯体[MII(C9H7)2](MII=Fe,Co,Ni,Ru,その他)などフェロセン型のサンドイッチ構造であることが知られている(ただし[Ru(C5H5)2]は重なり型)。…

【メタロセン】より

…シクロペンタジエニル環は不飽和性を示さず,ベンゼン環に似た芳香性を示し,しかも金属錯体であることから,通称metalloceneと呼ばれる。代表的なものがM=Feのフェロセンで,そのほかにも,ほとんどの遷移金属Ti,V,Cr,Mn,Co,Ni,Mo,Ru,Rh,W,Os,Irなどについて知られている。 一般に,金属ハロゲン化物に対し,シクロペンタジエニルマグネシウム臭化物C5H5MgBrあるいはシクロペンタジエニルナトリウムを反応させるか,ジエチルアミン存在下でシクロペンタジエンを反応させるなどして得られる。…

※「フェロセン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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