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銭杏邨 せんきょうそんQian Xing-cun

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

銭杏邨
せんきょうそん
Qian Xing-cun

[生]光緒26(1900).2.6.
[没]1977.6.17. 北京
中国の評論家,文学史家。安徽省蕪湖県の人。筆名は,主として文学史研究書に阿英,編纂物に張若英,ほかにこう无名 (こうむめい) ,魏如晦,銭謙吾など。 1927年蒋光慈太陽社を組織,革命文学を提唱した。 28年,『死せる阿Q時代』を書いて魯迅を過去のものとして批判したが,翌年は左翼作家連盟に参加,逮捕された。釈放後文学史研究に専念,多くの業績をあげた。抗日戦争中は演劇運動の指導などに活躍,解放後も天津の文芸局長などをつとめながら研究を続けた。編著『現代中国文学作家』 (1928,30) ,『中国新文学運動史料』 (34) ,『中国新文学大系,史料・索引編』 (35) ,『小説閑談』 (36) ,『海市集』 (36) ,『晩清小説史』 (37) ,『弾詞小説詳考』 (37) ,『晩清戯曲小説目』 (54) など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

銭杏邨
せんきょうそん / チエンシンツン
(1900―1977)

中国の文芸批評家。筆名阿英(あえい)、張若英(ちょうじゃくえい)。安徽(あんき)省出身。1928年蒋光慈(しょうこうじ)らと太陽社を結成、『死んでしまった阿Q時代』を書いて革命文学論争の旗頭となる。30年中国左翼作家連盟執行委員となり『拓荒者』などで旺盛(おうせい)な批評活動を行うが、31年批判を受け散文家、小説史家に転身。解放後にも多くの散文を発表し、作家協会理事などの要職を歴任した。小説集に『義塚』(1928)、戯曲に『碧血花(へきけつか)』(1930)、『李闖王(りちんおう)』(1948)、評論に『現代中国文学作家』全二巻(1928、30)、『現代中国文学論』(1933)、散文に『夜航集』(1935)、『阿英文集』(1979)などがある。[佐治俊彦]

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世界大百科事典内の銭杏邨の言及

【阿英】より

…本名銭徳富。筆名は阿英,銭杏邨ほか多数。安徽省蕪湖の出身。…

※「銭杏邨」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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