大村湾(読み)オオムラワン

デジタル大辞泉 「大村湾」の意味・読み・例文・類語

おおむら‐わん〔おほむら‐〕【大村湾】

長崎県東部、本土と西彼杵にしそのぎ半島との間の湾。北端の針尾瀬戸西海橋さいかいばしが架かる。

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精選版 日本国語大辞典 「大村湾」の意味・読み・例文・類語

おおむら‐わんおほむら‥【大村湾】

  1. 長崎県、西彼杵(にしそのぎ)半島によって五島灘から限られる湾。針尾瀬戸、早岐瀬戸佐世保湾に通じる。琴湖(ことのうみ)。鯛の浦。琴之浦。

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日本歴史地名大系 「大村湾」の解説

大村湾
おおむらわん

県域のほぼ中央部にある内湾。東西一二キロ・南北二五キロ、周囲二八〇キロ、面積三二〇平方キロの内陸湾。水深は中央部で約一八メートル。西部は西彼杵にしそのぎ半島で、北部の急潮が渦巻く針尾はりお瀬戸と早岐はいき瀬戸により外海(佐世保湾)に通じる。流入河川は東部の大村扇状地を流れる彼杵川川棚かわたな川など二四水系三五河川で、大串おおくし湾・形上かたかみ湾・時津とぎつ湾・長与ながよ浦・津水つみず湾などの支湾がある。大村湾の沿岸部は周辺の丘陵・山地を含めて大村湾県立公園。大村湾に浮ぶ前島まえじま遺跡のうち六号墳では伽耶系陶質土器の影響を受けた初期須恵器が出土、七号墳は六世紀中頃から七世紀後半まで利用されたと推定される。「肥前国風土記」彼杵郡条にみえる玉を真珠とみる説があるが、そうであるとすれば大村湾産であろう。ヴァリニャーノ「日本巡察記」によれば、一五六三年(永禄六年)に受洗したドン・バルトロメオ(大村純忠)庇護によりその親族や主要な人々がキリスト教徒になり、また短期間で全領民が改宗したので、小さな入海が分ける二つの地域にそれぞれ修院を設けて、三人の司祭と数名の修道士を置いたという。大村湾の名称は寛文元年(一六六一)長崎出島でじまのオランダ商館長(ヘンドリック・インダイクか)が命名したものといわれるが(シーボルト「江戸参府紀行」)、また琴湖とも称されていた。

〔大村領の海上交通〕

江戸時代、彼杵そのき(現東彼杵町)時津浦(現時津町)は長崎路・平戸往還を通じて長崎と諸国を結ぶ主要な舟運の拠点となり、平戸藩・筑前福岡藩などの長崎警衛の勤番をはじめ、商人・文人らの行路として利用された。正保国絵図(大村見聞集)には大村城下から時津まで船路四里、津水(現諫早市)まで同二里、針尾(現佐世保市)瀬戸口まで六里、彼杵村から時津まで七里、川棚浦(現川棚町)から佐瀬させ(現多良見町)まで海上五里などとあり、伊喜力いきりき(現多良見町)の浦では船大小一五〇艘ほどを係留できるという。

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百科事典マイペディア 「大村湾」の意味・わかりやすい解説

大村湾【おおむらわん】

長崎県中部,西彼杵(にしそのぎ)半島に抱かれた大湾入。南北約40km,東西約20km。北部の湾口に針尾島があり,急潮の早岐(はいき)瀬戸と針尾瀬戸で佐世保湾に通じる。沿岸は複雑な沈降海岸で風光がよく,英虞(あご)湾と並ぶ養殖真珠の大産地でもある。湾奥東岸に大村港,箕島には長崎空港がある。
→関連項目川棚[町]琴海[町]西彼[町]多良見[町]時津[町]長与[町]西彼杵半島東彼杵[町]

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改訂新版 世界大百科事典 「大村湾」の意味・わかりやすい解説

大村湾 (おおむらわん)

長崎県本土部の中央部にある湾。南北25km,東西12kmで琵琶湖に似た形をしており,琴の海とも呼ばれる。湾の西岸と南岸はリアス式で,入江の発達が著しいが,東岸は郡(こおり)川による大村扇状地が張り出し,海岸線は単調である。水深は中央部で約10m,東部で浅く,西部では約20m。湾内ではボラ,タイなどの刺網や一本釣り,カタクチイワシの地引網などの漁業が行われ,また江戸時代に大村藩により採取されていた天然真珠に代わる養殖真珠の生産が,今は西岸の形上(かたがみ)湾を中心に行われている。湾口に針尾島があり,外洋とは針尾(伊ノ浦)瀬戸と早岐(はいき)瀬戸によって通じているが,湾の海水の移流は少なく,湾中央部には夏季に海底水が無酸素化する現象がおこり,また赤潮も発生した。近年は湾岸に造成されたニュータウンや工業団地,大村市の箕(み)島に建設された長崎空港など,湾の水質を悪化させ,湾内漁業に悪影響を与える要因が増えている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大村湾」の意味・わかりやすい解説

大村湾
おおむらわん

長崎県本土の中央部にある湾。一見すると内陸湖の観を呈するが、実は湾の北方に、早岐瀬戸(はいきせと)と針尾瀬戸(はりおせと)(伊ノ浦瀬戸)があって外海に通ずる一大湾入である。南北約26キロメートル、東西約11キロメートル。琴湖(ことのうみ)または琴海(きんかい)の別名がある。湾内の海底地形は、東側が浅く、湾の中央部で10メートル内外を示し、西側では25メートルの水深を示し、外海に通ずる針尾瀬戸では30メートル内外、早岐瀬戸ではわずかに3メートル内外である。湾内には箕島(みしま)、臼(うす)島、鹿(しか)ノ島、横島、鷹(たか)島などの島嶼(とうしょ)が散在し、東側の大村市街地に近い箕島付近は、水深5メートル内外で、長崎空港への空港大橋もその架橋が容易であった。湾内では『肥前国風土記(ひぜんのくにふどき)』に白珠(しらたま)が採取された記録があり、真珠生産は古くから行われ、明治以後は真珠養殖も行われ、東岸の玖島(くしま)崎には国立真珠研究所があった。湾の南部の鹿島は伊木力(いきりき)ミカン発祥地。湾内漁業は一本釣り、小型底引、小型定置網漁を主としている。

[石井泰義]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大村湾」の意味・わかりやすい解説

大村湾
おおむらわん

長崎県中部,西彼杵半島,北の針尾島,東の多良岳火山群山麓地域によって囲まれた湾。南北約 26km,東西約 11km。水深は湾中央部約 10m,最深部は針尾瀬戸付近で約 30m。外海への出口は針尾島の東・西岸で,東岸は河川状で浅く小船舶しか航行できない早岐 (はいき) 瀬戸,西岸も 500t未満の船舶しか通過できない針尾瀬戸である。そのため沿岸地域は大型臨海工業の立地が困難で,長い間波静かな真珠の好養殖地であった。しかし,現在では都市排水による海水の汚染が進行し,養殖は衰退している。沿岸地域は大村湾県立自然公園に属し,湾内を含めてレクリエーション地域となっている。湾南東部にある箕島には国際空港の長崎空港があり,箕島大橋で大村市街地と結ばれている。針尾島と西彼杵半島間は西海橋で結ばれる。西海橋の周辺には多数の小島があるが,そのほとんどは無人島。

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