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阿部展也 あべのぶや

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百科事典マイペディアの解説

阿部展也【あべのぶや】

画家。新潟県生れ。本名芳文。京北中学中退。独学で絵を学ぶ。1932年独立展入選。美術文化協会に同人として参加。1941年―1946年日本軍事報道部員として主にフィリピンで過ごす。
→関連項目宮脇愛子

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

阿部展也 あべ-のぶや

1913-1971 昭和時代の洋画家。
大正2年2月4日生まれ。独学により絵をまなぶ。昭和12年詩画集「妖精(ようせい)の距離」を刊行。14年美術文化協会の創立に参加し,「地球創造説」などを出品。戦後,国際造形芸術連盟執行委員。昭和46年5月6日移住先のローマで死去。58歳。新潟県出身。本名は芳文。作品に「R-3」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

阿部展也
あべのぶや
(1913―1971)

洋画家。新潟県生まれ。本名芳文。東京の京北中学校を4年で中退し、1932年(昭和7)第2回独立展に入選、独立研究所で学ぶ。1937年滝口修造と詩画集『妖精(ようせい)の距離』を刊行。創紀美術協会を経て、1939年美術文化協会の創立に参加、また写真造形研究会に加わる。1941年からフィリピンで軍報道部の仕事をし、1946年(昭和21)復員。1949年日本美術家連盟が発足して常任理事、のち国際造形芸術連盟執行委員となる。抽象作品により国内、海外の国際展で活躍。1962年よりローマに移り、同地で没した。1971年現代日本美術展で『R‐3』は東京国立近代美術館賞を受けた。[小倉忠夫]

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