翻訳|abstraction
所与としての実在の世界においては分離されておらず,また場合によっては分離することが不可能な諸特性をことさらに分離して,それだけを思考の対象とする知性の働きをいう。具体に対する。みずからをかこむ環境世界の中からある一群の特性を捨象して,残りの特性を選別するという働きは,広い意味でいえば,最下等なものを含めた生物一般に,生存のための不可欠の能力として見られるものであり,そのかぎりでは人間に特有なものではないが,とりわけ高度に発達した分節言語を持つ人間においては,抽象の能力は他の動物とは比較にならないほど精緻かつ複雑なものになっている。分節言語そのものが,そのつどの具体的状況や個別的対象にしばられることのない,さまざまなレベルでの普遍概念を駆使するものとして,ある意味では抽象の能力そのものにほかならぬという性格をもち,人間を具体的個別的な状況から引きはなしてみずからの置かれた状況に距離をとって対処する自由を得せしめるものと考えられるからである。抽象の能力は,このようにして,人間の知性の大きな部分を占めるものであり,また,当然,数学的記号をはじめとする人工的な記号言語の採用によっていっそう精緻かつ強力なものとなることは,近代科学の発展がよく示しているところである。とはいえ,抽象することは,一般にいって,それ自体を目的とするものではなく,むしろ,究極のところは,具体的なものをよりよく把握し,われわれの置かれた具体的状況をよりよくみずからのものとすることを目的として行われるものであることは否定できない。このことは,一見それ自体を目的とするかに見えるいわゆる〈抽象芸術〉についてさえいえることであると考えられる。この観点からするとき,近代科学とまたそれに密接に結びついた近代合理主義の文明にみられる抽象の自己目的化と抽象のひとり歩きの傾向への警戒の声が一方で聞かれるようになることはあやしむに足りない。啓蒙主義の抽象的な合理性,ときに人間や個々の文化の個性を捨象しひとしなみに量的なものに還元する合理性に対して,個性尊重の立場から批判の声をあげたロマン主義の運動は,こうした動きの早い一例であるし,いわゆる未開人の〈野生の思考〉にみられる精緻な分類思考に,抽象と具体を緊密にかかわらせる〈具体的なものの科学〉を見とどける現代のレビ・ストロースの目もまた,合理主義文明のもたらした生活の歪みへの批判をおのずから秘めているといえるであろう。知性の働きにおいて〈理想化〉や抽象の果たす重大な役割に繰り返し注意を向けその方法的洗練に努力を傾けたフッサールが,一方で,近代科学による生活世界の基盤の忘却を批判し,また,ベルグソンが,悪しき抽象を排した直観を哲学の究極の方法としたことも想起されてよい。
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執筆者:坂部 恵
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
与えられた対象全体から、特定の性質や共通の徴表を分離し、抜き出す精神作用をいう。たとえば、人間全体から顔だけを表象として分離することは対象と同次元上の切断で、本来の抽象とはいえない。赤いネクタイから「赤さ」か「形」だけを抽出すること、また、ポスト、熟したトマトなどから共通の赤さを選び、赤、青、黄から「色」を抜き出すことは抽象である。抽象は不要な契機を捨てる捨象を反面に伴っている。抽象には普遍性、一般性の度合いがあり、高度の抽象は言語作用と密接に関係して、普遍名辞や命題の形成、類型化、理論構成に前提され、日常的、学問的活動に不可欠な作用である。形容詞の「抽象的」は「具体的」の対概念として使われる。ただし、たとえば自然数の「1」は1本の鉛筆、一匹の犬などよりは抽象的だが、「自然数」や「数」全体の概念などに比べれば具体的であるように、抽象性、具体性は基準のとり方で異なる。
[杖下隆英]
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…また木版画,銅版画,石版画などの版画,あるいはその応用としての挿絵,ポスターなども,色と形による平面の造形芸術であるかぎり,絵画の一分野と考えられる。絵画の分類としては,画材,形式による分類のほか,主題による分類(歴史画,肖像画,風景画,静物画,風俗画等),社会的機能や役割による分類(宗教画,装飾画,記録画,教訓画等),地理的分類(イタリア絵画,フランス絵画,インド絵画等),歴史的流派や様式による分類(ゴシック絵画,バロック絵画,古典主義絵画,抽象絵画等)などがある。
[絵画の起源]
古代ギリシアのある伝説は,絵画の起源を次のように語っている。…
…non‐figurative art(非具象芸術),non‐objective art(非対象芸術)の語も用いられるが,それらの区別は必ずしも厳密ではない。絵の中に描かれたリンゴは現実のリンゴではないことからもわかるように,ある意味では美術とはすべて抽象であるということもできる。しかし近代美術において〈抽象〉という場合,普通は〈現実世界を再現,または思い起こさせることのない〉(フランスの美術批評家,画家スーフォールM.Seuphor)美術を指す。…
※「抽象」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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