革島荘(読み)かわしまのしょう

百科事典マイペディア 「革島荘」の意味・わかりやすい解説

革島荘【かわしまのしょう】

山城国葛野(かどの)郡の荘園。現京都市西京区川島付近。川島とも書き摂関家(せっかんけ)領であったが,保元の乱で一部は没収された。14世紀初頭までには南北に分かれ,近衛(このえ)家領を革島南荘といい,9町余の公田からなっていた。また室町期には別に山科(やましな)家領の河島荘があった。近衛家領の下司(げし)革島氏は南荘に住し,室町幕府の御家人となって地頭職を得,領家職(りょうけしき)半分を有したほか各地で田畠を買得,その売買文書や荘園関係文書をはじめとする中世から近代までの《革島文書》が残る。
→関連項目上桂荘

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

関連語 地頭職 山科

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む