改訂新版 世界大百科事典 「風俗問状答」の意味・わかりやすい解説
風俗問状答 (ふうぞくといじょうこたえ)
江戸中期の国学者で幕府の右筆(ゆうひつ)でもあった屋代弘賢(やしろひろかた)が全国各藩の儒者や知人あてに送った〈風俗問状〉に対する答書。中山太郎がこれらの答書を集成し,解題と校注を付して《諸国風俗問状答》として1942年に刊行している。〈風俗問状〉は,諸国で行われている風俗習慣を収集するために作られたいわば調査項目表で木版の小冊子とされ,1813年(文化10)ころ逐次各藩に送られたらしい。これには歳時習俗および冠婚葬祭に関する131項目が,〈……候哉〉という形式で問われており,同一項目による全国同時の民俗調査の先駆として民俗学史上に残る事業であった。しかし,回答数は少なく,現在までに,〈出羽国秋田領〉はじめ20編の答書の所在が知られている。その内容は精粗さまざまであるが,なかには今日でも高い資料的価値をもつ正月行事の詳細な報告がみられる。
執筆者:飯島 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報