飛鉢譚(読み)ひはつたん

改訂新版 世界大百科事典 「飛鉢譚」の意味・わかりやすい解説

飛鉢譚 (ひはつたん)

修行者が鉢(はち)を飛ばして布施を得る説話をいう。鉢は〈三衣一鉢(さんねいつぱつ)〉というように,僧の携えるべき什器の一つで,木や鉄で作られ,供養を受けるための容器であった。《信貴山縁起絵巻》飛倉の巻が描く,命蓮(みようれん)が鉢を飛ばして長者の米を倉ごと運んでしまう話は,古く大江匡房《本朝神仙伝》の,比良山の僧が仙道を学び飛鉢法を行う話とつながる。それは,琵琶湖を往く大津船に鉢を飛ばし米を求めるが,楫取(かじとり)が鉢を嫌って一俵を投ずると,鉢に従い船中の米がことごとく雁が飛ぶように山に去る。役人が僧に帰依すると米は再び船に還ったという。同様の話は,白山泰澄(《泰澄和尚伝記》),播州一乗寺の法道仙人(《峯相記》),彦山蔵持山空鉢窟の静暹(じようせん)(《彦山流記》)など諸国にみられる。いずれも古代から中世への過渡期に山岳寺院の縁起として形成された話だが,そこには長者や海上交通(米)と霊山(聖)の交渉を通して,王権と山岳寺院(修験道)との関係が物語られており,飛鉢(空鉢(くばつ))とは両者の媒介を象徴するものであった。また,空鉢は聖(ひじり)に奉仕する護法童子の大事な役目であり,命蓮にも剣(つるぎ)護法とともに空鉢護法の存在が語られ(《聖誉鈔》),頭上に鉢をいただく竜神の姿として描かれる。護法は,霊山における古層の神が新米の聖の使霊と化したのでもあり,陰陽道の識神とも重なり,飛鉢譚が仏教の枠を超えた独自な宗教世界の話であることを具体的にあらわす存在といえよう。比良山と琵琶湖をめぐる飛鉢の伝統は中世を通じて続き,伊崎寺には無動寺の相応和尚の飛鉢譚とその祭儀化である竿飛び(さおとび)を伝え,対岸の白鬚(しらひげ)神社にも飛鉢譚と〈神通飛行の鉄鉢〉を残す。ともに叡山の勧進所であった。能《白鬚》の間狂言《白鬚道者》は勧進聖が道者船に奉賽を求め,鉢ならぬ大鮒を出現させる飛鉢譚のパロディ版である。なお,青蓮院には《持呪仙人飛鉢儀軌》(1077年写)と《釈迦牟尼如来抜除苦悩現大神変飛空大鉢法》(1220年慈円伝道覚写)を伝え,曼殊院にも《秘密五帝五陀飛空大鉢法》(1058年写)などが存し,また石山寺の《如意宝珠転輪秘密現身成仏金輪呪王経》(1949年奥書)放鉢品はそれらの祖型と思われる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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