勧進聖(読み)カンジンヒジリ

百科事典マイペディアの解説

勧進聖【かんじんひじり】

諸国を廻って勧進を行った僧。勧進僧・勧進上人(しょうにん)・勧化(かんげ)僧などともいう。勧進は本来は衆生(しゅじょう)の救済のため諸国をめぐって念仏を勧めることで,のちには寺院(あるいは神社)の堂塔や仏像,鐘,または橋などの造立に要する資財を調達することを目的にするを勧進聖と称するようになったが,これに伴って仏教の民間布教にもなっていた。奈良期の行基(ぎょうき),鎌倉期の俊乗坊重源(ちょうげん)らのほか多数の勧進聖・勧進比丘尼(びくに)らが活動し,芸能の流布にも貢献した側面がある。後代には勧進を名目に遊行した乞食僧が現れ,門付(かどつけ)芸人となる例もみられた。
→関連項目鑁阿

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世界大百科事典 第2版の解説

かんじんひじり【勧進聖】

寺院の堂塔,仏像,鐘,あるいは各地の橋梁などの造立・修復のために資財(金品)を募りに回国する僧。神宮寺社僧が神社再建のために勧進することもあった。勧進原義は衆生救済のために,諸国を歩いて念仏を勧めることにあったが,莫大な経費を必要とする堂塔などの創・再建の資財調達を主目的として回国する聖を勧進聖と称するようになった。東大寺大仏の造営を成就させた行基や,同じく東大寺大仏殿の再建に活躍した造東大寺勧進職の俊乗坊重源(ちようげん)は史上著名な勧進聖である。

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大辞林 第三版の解説

かんじんひじり【勧進聖】

諸国を勧進して歩く僧。のちには諸方をまわって銭を請う乞食僧をもいう。勧進僧。勧進坊主。

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精選版 日本国語大辞典の解説

かんじん‐ひじり クヮンジン‥【勧進聖】

[1] 〘名〙 諸国を巡り歩いて勧進②を行なった僧。または、それを名目に遊行した乞食僧。勧進上人。勧進僧。勧進坊。勧化僧(かんげそう)。勧進坊主。
※大乗院寺社雑事記‐康正三年(1457)三月八日「信貴山塔婆造立の捧伽帳、彼寺勧進聖持参」
※俳諧・西鶴大矢数(1681)第二四「焼出しの鉢にて招く西の空 夫(それ)思日たつ勧進ひぢり」
[2] 狂言。和泉流、大蔵流。能「白髭(しらひげ)」の替間(かえあい)。勧進聖が鮒(ふな)の精の神徳によって道者から寄付を得るという筋立て。大蔵流では「道者」という。

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世界大百科事典内の勧進聖の言及

【勧進】より

…狭義には後者を指す。とくに中世の戦乱による寺社の炎上や寺社領の衰退のため,勧進聖(ひじり)や御師(おし)たちが諸国を回り,勧進帳を読みあげて,たとえ一紙半銭といえども喜捨すれば神仏の加護を得ると説き,結縁(けちえん)を勧めて資財を集め,社寺の復興に努めた。金品募集の手段として神仏の功徳を説く方法は,14世紀中葉には《師守記》の1364年(正平19∥貞治3)の条に〈薬王寺勧進猿楽〉とあるように,芸能によることもあり,近世には〈勧進相撲〉〈勧進芝居〉も広く行われるようになった。…

【勧進帳】より

…一般に造営・修復の発願趣旨を述べ,誦経・念仏の功徳,あるいは造寺,造像,造塔,写経,架橋などの作善(さぜん)に参加すれば現世利益や自他の浄土往生が達成されると説き,金品寄進を呼びかける内容となっている。勧進聖(ひじり)はこれを衆庶に読み聞かせたり,閲覧させたり,頒布して一紙半銭の喜捨を求めた。重源(ちようげん)が1181年(養和1)に始めた東大寺大仏殿再建のための勧進文は著名。…

【高野聖】より

高野山を中心にして,全国に活躍した勧進聖。聖は古代宗教家の総名であったが,奈良時代から民間僧を指すとともに,半僧半俗の私度僧を指すようになった。…

【聖】より

…都鄙の庶民を教化し,庶民仏教の展開に主導的役割を果たしたのは実にこの聖たちであった。山林に入って断穀不食の苦修練行を積んだり,本寺から離れて別所や村里に隠遁したり,あるいは廻国遊行(ゆぎよう)して念仏,造寺,造仏,写経,鋳鐘,架橋などはば広い勧進(かんじん)活動を行い,穀断(こくだち)聖,十穀聖,別所聖,隠遁聖,廻国聖,勧進聖などその特徴から多様な呼称が生まれた。唱導文芸や芸能にも活躍し,唱導聖などとよばれ,また聖が多く集まる拠点にちなんで善光寺聖(善光寺),四天王寺聖,高野聖などと称された。…

※「勧進聖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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