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飯田年平 いいだ としひら

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美術人名辞典の解説

飯田年平

幕末・明治の国学者。本居大平加納諸平・伴信友に学ぶ。明治19年(1886)歿、67才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

飯田年平 いいだ-としひら

1820-1886 江戸後期-明治時代の国学者。
文政3年8月6日生まれ。飯田秀雄の次男。飯田俊子の弟。本居大平(もとおり-おおひら),加納諸平(もろひら),伴信友(ばん-のぶとも)にまなぶ。万延元年因幡(いなば)鳥取藩校尚徳館教授。維新後,新政府で神祇大録,式部大属などをつとめた。明治19年6月26日死去。67歳。初名は足穂。通称は七郎。号は石園。著作に「祝詞式捷径(のりとしきしょうけい)」「万葉集短歌」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

飯田年平

没年:明治19.6.26(1886)
生年:文政3(1820)
江戸時代末から明治にかけての歌人。初名足穂,通称七郎,号石園。因幡国気多郡(鳥取県)の加知弥神社祠官飯田秀雄の子。秀雄が本居大平の門人であったため,年平も大平に従学,さらに加納諸平にも学んだ。その好学を鳥取藩主池田慶徳に認められ国学局教授に抜擢される。維新後は新政府に史官として仕え,神祇大史・神祇大録・式部大属などを歴任,式部寮御用掛を最後に退官。死と同時に従六位となる。飲酒と貧窮の逸話に富み,家庭を営むことなく没す。神道関係の著述が多い。他に『万葉集短歌』など。

(久保田啓一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

いいだとしひら【飯田年平】

1820‐86(文政3‐明治19)
幕末・明治期の国学者,歌人。因幡の人。通称七郎,石園と号す。父の飯田秀雄とともに本居大平に師事,その没後は加納諸平(もろひら),伴信友に就いて学ぶ。歌に秀で,諸平,石川依平(よりひら)とともに世に歌人三平と称され,また祝詞体の文章にも優れた。鳥取藩の国学方に起用され,《伯耆志》編纂に従事し,維新後は徴士として朝廷に出仕,さらに神祇大録などを歴任した。著書に家集《石園集》のほか,《祝詞式》《新姓氏弁》《石園歌話》などがある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

飯田年平
いいだとしひら

[生]文政2(1819).因幡
[没]1886
江戸時代後期の国学者,歌人。加知弥神社神官。著書『訂正祝詞式』『啓蒙大旨』『馭異』。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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