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馳道 チドウ

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デジタル大辞泉の解説

ち‐どう〔‐ダウ〕【×馳道】

天皇や貴人の通る道。輦路(れんろ)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちどう【馳道 Chí dào】

中国,秦・漢時代の皇帝専用の道路。秦の始皇帝が天下を統一すると,領土内の巡幸のために建設した。道幅50歩(約67m)の中央3丈(約7m)の部分を突き固めて高くし,両側に青松を植えて専用道路としたといわれる。また馳道は東は燕(河北省)・斉(山東省),南は呉(江蘇省)・越(浙江省)にまで達したと伝えられる。皇帝のほかはいかなる人も通行できず,また指定の場所以外では横断することさえも厳しく禁止されていた。

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大辞林 第三版の解説

ちどう【馳道】

天子や貴人の通る道。輦路れんろ

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の馳道の言及

【駅伝制】より

…一般的には,このころの駅伝は各国間の抗争連合に際しての軍事的機能を第一としたもので,秦の全国統一にあたっても,これの果たした役割が大きかったものであろう。秦代には都の咸陽から馳道(ちどう)と呼ばれる大道が放射状に延び,今もその遺構が見いだされる。漢代には原則として30里(約12.4km)ごとに駅が設けられ,駅馬が置かれて通行証を交付された地方官人などの公用に利用された。…

【長安】より

…城内の大道は八街九陌(きゆうはく)と呼ばれ,これらの大道も3道に分かれていた。3道の中央部分が馳道つまり皇帝の車馬の専用道路である。城内は里に区画され,《三輔黄図》によると160あったという。…

【土木技術】より

…道路建設は早く,《詩経》に西周の都に至る道がうたわれているのをはじめ,《周礼(しゆらい)》には諸国の交通を監督する司険という官があり,各5段階よりなる道路と水路が規定されているように,戦国時代には軍事・通商用の道路が広範に建設された。秦の始皇帝は全国統一を果たすと,車軌を統一し,首都長安から馳道(ちどう)という全国幹線道路を建設したのが最初の大規模な工事である。漢代にはこの幹道網がいっそう増強された。…

【道】より

…戦国時代には華北平原から関中にかけては,かなり高度に発達した道路網が存在していたと考えられる。
【幹線網の確立】
 始皇帝は全国を統一して郡県制を施行するとともに,統一政策の一環として車の軌幅を同一にし,馳道と称する官道を建設した。道幅は50歩(約67.5m),地面より高く版築でつき固め,3丈(約6.75m)ごとに青松を植えて並木とするという壮大華麗なものであった。…

※「馳道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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