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高尾城 たかおじょう

日本の城がわかる事典の解説

たかおじょう【高尾城】

石川県金沢市にあった山城(やまじろ)。加賀守護の富樫氏が居城としていた城で、1488年(長享2)の一揆で主戦場となった。付近では「ジョウヤマ」と呼ばれ親しまれてきた高尾山一帯を城域としていた城である。14世紀初頭に富樫氏によりつくられたといわれているが、くわしい築城年・築城者は不明。室町時代に加賀国守護となった富樫氏は、一向一揆の勢力と協調して支配を固めていったが、強大化する一揆勢力に危惧を抱いた富樫政親は、将軍足利義尚に支援を求め、高尾城を修築して防備を固めた。一揆方は越前・越中からの政親への援軍を阻止する備えをしたうえで、富樫泰高を大将とする大軍をもって高尾城を包囲した。政親は籠城して抗戦したが及ばず、城内で自害した。これにより、一向一揆勢が前田利家ら織田氏の軍勢によって滅ぼされるまでの約100年間、加賀は宗徒が政権を担当する自治国となった。城山は1970年(昭和45)、北陸自動車道の土砂の採取場となったため城跡の破壊が進んだが、その後、反対運動により土砂の採取は中止された。1984年(昭和59)、金沢市教育委員会が2度にわたり実施した分布調査で、土塁や石積、堀切などの遺構が発見され、それまで考えられていた以上に規模の大きな中世の城郭であることが判明した。また、単体の城郭ではなく、小規模の城砦多数の集合体であった可能性も強まっている。現在、城跡は石川県教育センターの敷地になっており、敷地内に入るには同センターの許可が必要。JR北陸本線金沢駅からバスで高尾南1丁目下車、徒歩約15分。◇高雄城、田江城(七国志)、多胡城(太平記)、高生城、富樫城などともよばれた。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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