高橋 俊乗
タカハシ シュンジョウ
大正・昭和期の教育学者
- 生年
- 明治25(1892)年5月23日
- 没年
- 昭和23(1948)年6月16日
- 出生地
- 大阪府
- 学歴〔年〕
- 大阪府立池田師範学校本科第二部〔明治45年〕卒,京都帝国大学哲学科〔大正9年〕卒
- 学位〔年〕
- 文学博士(龍谷大学)〔昭和20年〕
- 経歴
- 訓導をしていたが、大正4年京都帝大の哲学科選科生となり、教育学を専攻する。選科修了後、京都市立高等女学校につとめ、そのかたわら高等学校卒業試験に合格して本科生となり、大学院に進学する。大正12年龍谷大学講師となり、昭和2年教授に就任。また京大、大阪商大などの講師を兼務する。16年文部省編纂の「国史概説」の編集に参加、主な著書に「日本教育史」「日本教育文化史」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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高橋俊乗
たかはししゅんじょう
[生]1892.5.23. 大阪
[没]1948.6.16.
教育史家。日本の古代・中世教育史研究の開拓者。小学校教師をつとめたのち,1918年京都大学を卒業。龍谷大学講師 (1923) ,教授 (27) となり,京都大学講師も兼任。研究領域は,学校教育史,教育思想史など広範にわたっており,その成果は『日本教育史』 (1923) ,『日本教育文化史』 (33) にまとめられている。代表作『近世学校教育の源流』 (43) は,石川謙との寺子屋論争が契機となって,近代学校教育の基盤となった前近代の教育機関の起源を解明したもので,博士論文ともなっている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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高橋俊乗 たかはし-しゅんじょう
1892-1948 大正-昭和時代の教育学者。
明治25年5月23日生まれ。昭和2年竜谷大教授となり,京都帝大,大阪商大などの講師を兼任。明治以前の日本の教育史を研究,文化と教育との関連を発達史的にとらえた。昭和23年6月16日死去。57歳。大阪出身。京都帝大卒。著作に「日本教育史」「日本教育文化史」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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高橋 俊乗 (たかはし しゅんじょう)
生年月日:1892年5月23日
大正時代;昭和時代の教育学者
1948年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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