整髪をするために用いる油で、頭髪につやと栄養を与えるもの。これには植物製品と動物製品とがある。わが国では古くはサネカズラ、一名美男葛(びなんかずら)の茎を細かく刻んで、その粘液に水を加えて、頭髪用の油として用いた。またイノシシの油を髪油として使用した例が奈良時代にあるが、これは特殊な例で、多くはサネカズラを使ったと考えられる。また米のとぎ汁が泔(ゆする)(髪を洗い、くしけずるための用水)として用いられた。髪油の発達は、髪形の変化につれてゴマ、チョウジ、ツバキ、クルミなどの油も使われ、その中でもクルミ油は最高級品とされていた。これらの油は、いずれも水油であったから、のちには香料を加えて梅花香が生まれ、明治時代には井筒油、千代田香油などができた。また江戸時代には、ろうに松脂(まつやに)、香料を混ぜてつくった鬢(びん)つけ油が伽羅(きゃら)油として売り出され、遊里の女たちに人気を博し、また元禄(げんろく)時代(1688~1704)になると、一般の女性の間にも及び、ついには男性の調髪にも用いられるに至った。この伽羅油は髪のつや出しとほつれをなくすために、明治の初めまで使われた。
明治になって欧風文化がしだいに波及すると、日本髪が不衛生、不便、不経済であるところから、伽羅油をやめて、洗髪後は水油で整え、そのうえ簡単な結髪法である束髪にすべきであるという提唱が、1885年(明治18)大日本結髪改良束髪会からなされた。それ以後、香油による西洋上げ巻き、西洋下げ巻きが多くなり、練り油を使用する日本髪はしだいに減って、特殊な社会にのみ残った。日本髪の美しさは、大正を最後に急速に衰えていくことが、永井荷風の日記のなかにもみられる。
一方、油性のポマードは、束髪、洋髪の台頭とともにしだいに男性にも女性にも用いられるようになり、断髪姿とともにその使用量は増加した。チックもポマードと歩みを同じくして使われたが、第二次世界大戦後は乳化状のヘアクリームの利用が急速に伸びている。パーマネントの大衆化時代の現代では、植物性油に鉱物性油を加えた水油が好まれ、現代髪油の大半を占めている。
[遠藤 武]
『寺島良安著『和漢三才図会』(1970・東京都美術)』▽『生川春明著『近世女風俗考』(1895・東陽堂)』▽『曳尾庵南竹著「我衣」(『燕石十種 第1巻』所収・1907、79・中央公論社)』
頭髪につける油状の化粧品。大別すると,髪につやと潤いを与えるものと,整髪を主たる目的にしたものとがある。日本の伝統的化粧品のなかでは,前者には水油,後者には伽羅之油(きやらのあぶら)と呼ばれていた鬢付油(びんつけあぶら)があった。現代では狭義にはヘアオイル,香油であるが,広義にはヘアクリーム,ポマード,チック,ヘアリキッドなどもいう。中国では古くから,ゴマ油やクルミ油を綿にしみ込ませて広口の壺に入れた髪油を,沢(たく)と呼んでいた。日本でも奈良時代以降,沢を阿布良和太(あふらわた)と呼んでいたことが《和名抄》にみえる。また,実物は鹿児島県揖宿郡の枚聞(ひらきき)神社所蔵《松梅蒔絵櫛笥》のなかに1523年(大永3)の目録とともに現存する。整髪料としてはサネカズラ(ビナンカズラ)の枝から浸出した粘質物(キシログルクロニド)を,主として男性用に使っていたので美男葛とも書いた。江戸時代初期から,はじめは髭用に調合した練油に,さらに丁子(ちようじ),白檀(びやくだん),竜脳(りゆうのう),麝香(じやこう)などの香料を配合したものを伽羅之油と名づけ,市販した。鬢付油,すき油として男女ともに使われたが,これが江戸時代の髪形を多様化したひとつの理由ともいえる。水油にはツバキ油,クルミ油,ナタネ油,サザンカ油,ゴマ油などの不乾性ないし半乾性植物油で,酸価の低いものが使われていた。しかし1885年に結成された婦人束髪会が,それまでの髪油を多用した髪形は,不便,不潔,不経済であると宣伝したこともあって,いわゆる日本髪に代わって束髪が流行し,鬢付油の需要はしだいに減少していった。第2次大戦後は植物油に代わって流動パラフィンや高級脂肪酸エステル,高級アルコール誘導体などの,さらりとした油が使われるようになったが,コールドパーマやカット・アンド・ブローなどの髪形の変化,シャンプー,リンス,トリートメント剤などの発達で,髪油の需要は激減している。
執筆者:高橋 雅夫
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