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鮑照 ほうしょうBao Zhao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鮑照
ほうしょう
Bao Zhao

[生]義煕8(412)頃
[没]泰始2(466)
中国,六朝時代の宋の詩人。東海 (江蘇省漣水県) の人。字,明遠。低い家柄の出で,皇族の属官や地方官吏を転々とした末,荊州で皇族の反乱に巻込まれて殺された。前軍刑獄参軍事となったことがあるので鮑参軍とも呼ばれる。詩風は華麗な技巧をもつが,隠微のうちに社会に抗議し,その腐敗をつき,また自己の悲運を嘆く内容をもち,特に楽府 (がふ) にその傾向が強い。また形式のうえでも五言詩全盛の六朝時代に,七言詩に手を染めた数少い一人。謝霊運と並んで六朝宋代を代表する詩人で,李白杜甫など唐代詩人に大きな影響を与えた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうしょう【鮑照 Bào Zhào】

405‐466
中国,南朝宋の詩人。字は明遠。東海(江蘇省)の人。臨海王劉子頊(りゆうしぎよう)の前軍参軍となったので,鮑参軍とも呼ばれる。華麗な文才はことに一連の楽府(がふ)(歌謡調の詩)にすぐれた成果を示し,唐の李白の詩に大きな影響を与えた。宋の詩人として,謝霊運と並び称される。最後は戦乱の渦中で殺された。《鮑参軍集》10巻は,六朝(りくちよう)詩人の集の中では珍しく,ほぼ原形のまま伝わっている。【興膳 宏】

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大辞林 第三版の解説

ほうしょう【鮑照】

412頃~466) 中国、六朝時代、宋の詩人。字あざなは明遠。元嘉年間の三大詩人の一人として謝霊運・顔延之と併称された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鮑照
ほうしょう
(414?―466)

中国、南朝宋(そう)の詩人。字(あざな)は明遠。東海郡(江蘇(こうそ)省)の人。初め詩を献じて臨川王劉義慶(りゅうぎけい)(『世説新語』の編者)に認められ国侍郎(じろう)となり、その後、太学博士(たいがくはかせ)、中書舎人(しゃじん)、海虞令(かいぐれい)、永嘉(えいか)令など中央政府直属の官職も歴任したが、下層貴族の寒門(かんもん)出身であったため、上昇志向の挫折(ざせつ)を運命づけられていた。臨海王劉子(りゅうしぎょく)の参軍であったとき、皇族間の権力闘争が内乱に発展し、臨海王も中央に反旗を翻した。反乱は失敗に終わり、鮑照は攻防のさなか乱兵に殺害された。詩人としての鮑照は、同時代の謝霊運(しゃれいうん)、顔延之(がんえんし)とともに「元嘉(げんか)の三大家」とよばれ、叙景詩に新生面を開いたが、より大きな特色は、楽府(がふ)に優れていたことである。彼自身が貴族社会の不合理に直面していたため、現実批判の姿勢を楽府の伝統のなかに生かし、下層貴族の悲哀や民衆の苦難を歌った。主要な作品は『文選』に収められ、『鮑氏集』10巻がある。なお、妹の鮑令暉(ほうれいき)も女流詩人として名高い。[成瀬哲生]

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