中国、南朝宋(そう)の詩人。陳郡陽夏(河南省)の人。例外的だが字(あざな)はない。門閥貴族謝氏の出身。東晋(とうしん)の名宰相謝安は曽祖父(そうそふ)の弟にあたり、祖父は前秦(しん)の苻堅(ふけん)を淝水(ひすい)で破った謝玄である。康楽公に封ぜられた謝玄の爵位を継いだので、謝康楽ともよばれる。謝玄なきあと、一族を指導したのは、従叔(じゅうしゅく)の謝混である。当時建康(南京(ナンキン))の烏衣巷(ういこう)にあった謝氏の邸(やしき)で、謝混はしばしば謝霊運ら年少の子姪(してつ)を集め、文遊した。世に「烏衣の遊び」という。だが晋宋王朝交代期に状勢判断を誤って謝混が劉裕(りゅうゆう)(宋の武帝)に殺されると、謝混に近かった謝霊運の立場はにわかに複雑なものとなり、宋王朝成立後も、政治的不遇に甘んじなければならなかった。
すでに謝混の詩において自然描写の傾向が認められるが、浙江(せっこう)省の会稽(かいけい)や永嘉(えいか)の太守に左遷された謝霊運は、その不満を美しい自然に慰め、山水の美を詩のなかに再現した。とりわけ、それまでの老荘的形而上(けいじじょう)学に支配された自然観を払拭(ふっしょく)し、自然を美の対象としてみることを可能にしたのは、大きな変革である。自然の美を発見し、また仏教を厚く信じたが、傲慢(ごうまん)な性格から反逆を疑われ、処刑された。『文選』にもっとも多くその詩がとられており、「江中の孤嶼に登る」などが代表作。
[成瀬哲生]
『船津富彦著『中国の詩人3 謝霊運』(1983・集英社)』▽『小尾郊一著『謝霊運――孤独の山水詩人』(1983・汲古書院)』
中国,南朝宋の詩人。陳郡陽夏(河南省)の人。六朝(りくちよう)きっての名門貴族の出で,祖父の謝玄は東晋を北方異民族の侵入から救った英雄として名高い。謝霊運は父祖以来の爵位を継いで康楽公に封ぜられたから,謝康楽とも呼ばれる。南朝に並びなしといわれるほどの文才の持ち主だったが,傲慢な性格も原因して,官途では志を得ぬことが多かった。浙江の永嘉太守に左遷されたとき,自然の美に傷心をいやすことに慰めを見いだし,山水を主題とする多くの詩を著した。〈山水詩人〉と称されるゆえんである。これらの詩は自然を純粋な美の対象として描き出すもので,詩における自然描写のありかたに新局面をもたらした。彼はまたすぐれた仏教学者でもあり,南本《涅槃経(ねはんぎよう)》の翻訳に貢献したことは特筆に値する。書や画にも巧みであったといわれ,南朝文化を代表する巨人というにふさわしい。最後は反乱の嫌疑をかけられて,刑死した。
執筆者:興膳 宏
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385~433
東晋,宋の詩人。陳郡陽夏(河南省太康県)の人。名家の出であるが,政治的には不遇で,広州に流され処刑された。広大な荘園を持ち,山水に親しみ,その美しさを優れた技巧で表現した。
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…なお,東晋末から宋にかけて重要な詩人が2人ある。陶潜(淵明)と謝霊運である。前者は田園詩人として日本でも広く知られるが,詩壇の主流の外にあった詩人で,その詩は平明な用語の裏に,実は深い思索を秘めている。…
…その景・情を巧みに融合させた繊細な感覚は,六朝後期を代表する詩人たるに恥じない。謝霊運を〈大謝〉と称するのに対して,〈小謝〉と呼ばれる。その詩は唐詩の抒情の先駆けとなり,ことに李白の詩に及ぼした影響は大きい。…
…その後も詩人は続々出て,技巧はますますみがかれ,典故は多く用いられ,対句の構成も増加する。その技巧をさらに進め,崇高な自然の美を求めて,新たな世界を開いたのは謝霊運であった。彼が描く山水を照らす光の輝きは強い印象を与える。…
…これまでの文芸の素材は主として人事であり,自然をとりあげても抒情のきっかけとしてであったものが,素朴な自然と触れ合うことにより,自然そのものを題材とするようになった(山水)。 遊記の作品として第一に挙げられるのは,南朝宋に仕え永嘉(浙江温州)の太守であり,付近の山川を巡遊し,多くの山水詩とともに《游名山記(志)》と題する作品を残した謝霊運であろう。このほか,王羲之《游四郡記》,釈慧遠(しやくえおん)《游山記》などがあり,また鮑照《登大雷与妹書》,呉均《与宋元兄弟》などは,書信の形をとってはいるが,内容は遊記と同じである。…
※「謝霊運」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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