鶴原九皐(読み)つるはら きゅうこう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鶴原九皐」の解説

鶴原九皐 つるはら-きゅうこう

1666-1711* 江戸時代前期-中期儒者
寛文6年生まれ。貝原益軒高弟家業をついで医師となるが,のち京都,江戸で儒学をまなぶ。郷里筑前(ちくぜん)福岡にもどり藩主黒田綱政の侍講となる。門下櫛田琴山(くしだ-きんざん),島村晩翠(ばんすい)らがいる。宝永7年11月15日死去。45歳。名は韜。字(あざな)は君玉。通称は新平。別号に梅庵

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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