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黒船忠右衛門 クロフネチュウエモン

デジタル大辞泉の解説

くろふね‐ちゅうえもん〔‐チユウヱモン〕【黒船忠右衛門】

歌舞伎浄瑠璃で、享保(1716~1736)ごろの大坂堂島の侠客(きょうかく)根津四郎右衛門を劇化した人物の名。「黒船出入湊(くろふねでいりのみなと)」などの多くの作品がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黒船忠右衛門 くろふね-ちゅうえもん

歌舞伎,浄瑠璃(じょうるり)の主人公。
大坂の沖仲仕住吉屋四郎右衛門,通称根津がモデルといわれる。宝永(1704-11)のころ米切手をうばわれてこまっていた北浜の少年を根津がたすけた話を,初代姉川新四郎が脚色し,黒船忠右衛門の名で演じ好評をえた。以後「黒船出入湊」などの名題で上演された。

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朝日日本歴史人物事典の解説

黒船忠右衛門

歌舞伎男伊達狂言の主人公。宝永・享保年間(1704~36)ごろ,大坂堂島の男伊達根津四郎右衛門こと沖仲仕住吉屋四郎右衛門がモデルといわれる。上町の町奴(片町の馬士頭とも)茶筌庄兵衛との新町橋での達引を,当時侠客役で古今独歩の初代姉川新四郎が自ら脚色,新町橋の船宿の黒船の行灯から黒船忠右衛門の名で演じ大当たりを取った。以後歌舞伎,浄瑠璃に黒船忠右衛門ものと総称される一連の作品が書かれ明治期まで上演された。新四郎がこの役でかぶった投頭巾は黒船頭巾,一名姉川頭巾と呼ばれ一世を風靡。新四郎は後年,頭巾を中山新九郎に譲ったが,没後,三途の川を頭巾姿で渡河中,鬼に出会ったという伝説が生まれたという。

(上村以和於)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

大辞林 第三版の解説

くろふねちゅうえもん【黒船忠右衛門】

享保(1716~1736)頃の大坂堂島の俠客根津四郎右衛門をモデルとする歌舞伎・浄瑠璃の登場人物。「黒船出入湊」などに登場。

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世界大百科事典内の黒船忠右衛門の言及

【俠客物】より

…雁金五人男は1702年9月大坂岡本文弥座上演の人形浄瑠璃《雁金文七秋の霜》が最初で,《男作五雁金(おとこだていつつかりがね)》(1742年7月大坂竹本座,竹田出雲作)など多くの作を生んだ。また上方では黒船忠右衛門,梅の由兵衛など,歌舞伎・人形浄瑠璃に数々の俠客物が生まれたが,一方江戸でも,79年(安永8)7月肥前座所演の人形浄瑠璃《驪山(めぐろ)比翼塚》(源平藤橘ら作)以降の幡随院長兵衛の劇化,また1713年(正徳3)4月山村座《花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)》以降の十八番系の助六劇が盛行し,江戸っ子精神を代表する任俠としてもてはやされた。本朝丸綱五郎や朝比奈藤兵衛など実在しない俠客も創作され,77年5月中村座《本町育浮名花聟(ほんちようそだちうきなのはなむこ)》,1760年(宝暦10)7月竹本座《極彩色娘扇(ごくさいしきむすめおうぎ)》などの情話中の任俠として描かれている。…

※「黒船忠右衛門」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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