改訂新版 世界大百科事典 「ダチョウ」の意味・わかりやすい解説
ダチョウ (駝鳥)
ostrich
Struthio camelus
ダチョウ目ダチョウ科の鳥。この科はダチョウ1種だけからなる。全長約1.8m。現生の鳥類では最大種で,大きな雄では頭高2.5m,体重150kgに及ぶ。雄は体が黒く,飾羽状になった風切羽と尾羽は白い。頭頸(とうけい)部,わき,ももは羽毛がなく,ピンク色の皮膚が裸出している。雌と幼鳥は雄より小さく,体羽,風切羽,尾羽がみな灰褐色。翼は退化し,飛ぶことはまったくできず,完全に地上で生活している。このため脚は強大で,あしゆびは中ゆびと外ゆびの2本しかない(ダチョウ以外の鳥はあしゆびが少なくとも3本ある)。くちばしは短く,扁平である。
サハラ以南のアフリカとシリア,アラビアに分布するが,絶滅した地方が多く,現在は主として東アフリカと南西アフリカのサバンナや半砂漠に生息している。繁殖期以外は数羽ないし50羽前後の群れをつくり,またふだんシマウマやキリンの群れといっしょに暮らしていることが少なくない。歩く速度は時速4kmくらいであるが,敵が近づくと時速60km以上の速さで逃げる。視力と聴力がきわめて優れていて,危険を感ずるとすぐ逃げ出すので,野生のダチョウの群れに近づくのは非常にむずかしいといわれる。ダチョウの天敵は,若鳥をおそうライオン,卵をねらうハイエナやジャッカル,そして人間などである。寿命は少なくとも40~60年と推定される。食物は多汁質の植物,漿果(しようか),種子,若芽,若根などで,穀物や小動物,昆虫類もときどき食べている。また,ダチョウが水をまったく飲まないという話は誤りで,水分を食物からとるほか,水を求めて遠くまで移動することが知られている。一般に一夫多妻で,1羽の雄は3~5羽の雌と夫婦関係をもつ。雄は地面にくぼみをつくって巣とし,そこへその雄に属する雌が各4~8個の卵を産む。したがって,1巣の卵数は雌の数によって8~25個,ときには60個に及ぶ。ただし,抱卵が可能なのは20個くらいまでで,あとは放置される。卵も鳥卵としては最大で,長径約15cm,短径約13cm,重さ約1.6kg。抱卵は夜間は雄がひとりで,昼は雌が交替でする。抱卵期間は約45日。
ダチョウの養殖事業は1850年ころ南アフリカで始まり,その後世界各地に広まった。これは雄の白い羽毛が婦人帽の飾りとして高価に売買されたためで,最盛期には約70万羽が飼われていたといわれる。しかし,第1次世界大戦を境に婦人帽の飾りがすたれると,ダチョウ産業も急速に縮小した。現在は,高級ハンドバッグやかばん用の革と観光客向けに,南アフリカを中心に数万羽が飼われている。
執筆者:森岡 弘之
シンボル,伝承
ダチョウは砂に産んだ自分の卵を忘れるほどうかつな動物といわれ,ヨーロッパでは〈不注意,不用心〉の代名詞に用いられる。教会でもしばしばその卵を陳列し,人々にざんげの心を思い起こさせるための象徴としたという。また16世紀ころまで鉄を食うと考えられていたが,これは消化を助けるために小石を飲み込む習性の見誤りと思われる。一方,追われると砂に頭を隠し敵から逃れた気になる愚かな鳥とする迷信が,旧約聖書の時代から長らく存在したため,今でも英語のostrichには〈頭隠してしり隠さず〉の意味が残っている。古代エジプトではその羽毛がシューとマアト両神を表す紋章に使われ,〈正義〉を表すシンボルであった。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報