ある生物を攻撃して殺すか繁殖能力を低下させる他種の生物で、一般には害虫や雑草など有害生物の個体数を低下させる有益生物をいう。天敵には次の種類がある。
[森本 桂]
(1)寄生性天敵 生活の、ある時期を寄主である有害動物の体内で過ごしてこれを殺すか、または産卵数を減少させるもので、ノミやダニのように寄主の寿命や繁殖力に影響を与えない真の寄生虫と区別して、捕食寄生虫とよばれる。これには寄生バチ(ヒメバチ、コマユバチ、コバチ、タマバチ、ツチバチなど)、寄生バエ(ヤドリバエ、アタマアブなど)、寄生線虫などがあり、一頭の寄主を食べて育ち、種類ごとに寄主が決まっているものが多い。
(2)捕食性天敵 これは自分自身で餌(えさ)を探し、一生の間に一頭以上の有害動物を食べるもので、テントウムシ、ヒラタアブ、クサカゲロウなどがアブラムシやカイガラムシを捕食し、オサムシ、アリ、カマキリ、クモなどは多くの昆虫を餌とし、トカゲ、カエル、鳥なども捕食性天敵である。
(3)病原微生物 伝染性の病気をおこさせるウイルス、細菌、糸状菌、線虫などで、マイマイガ、マツカレハ、アメリカシロヒトリなどの多角体病、結晶性毒素を産出する芽胞細菌(がほうさいきん)の一種Bacillus thuringiensis、コガネムシ幼虫の防除に利用される黄(おう)きょう菌などがある。
[森本 桂]
これは一般に生物的防除とよばれるが、病原微生物による防除は方法が異なることから微生物的防除といわれる。その方法は三つに大別される。
(1)永続的天敵利用法 侵入害虫に対してその原産地から、また土着害虫も含めて原産地以外から天敵を導入するもので、導入天敵が永続的に有効に働くことを目的とし、1940年ごろまでは生物的防除の基本的な方法であった。イセリヤカイガラムシを捕食するベダリヤテントウ、ルビーロウカイガラムシに寄生するルビーアカヤドリコバチ、クリタマバチに寄生するチュウゴクオナガコバチなど多くの例がある。
(2)一時的定着法 天敵密度の低い害虫発生初期にこれを放飼したり、越冬できない天敵を春になって放す接種的放飼法と、人工増殖した天敵を大量に放す生物農薬的な利用法がある。前者の例としてマツバノタマバエに寄生するマツタマヤドリハラビロコバチ、後者の例としてオンシツコナジラミやクワコナカイガラムシの寄生バチがある。
(3)環境改良法 環境に人手を加えることによって天敵が有効に働くことを目的とするもので、代替寄主の加害する植物の混植や条(すじ)刈りなどによる天敵の温存、寄生バチの活動を高める蜜源(みつげん)植物の導入、天敵の活動を妨害するアリの駆除などの方法がある。これにはさらに、天敵に影響の少ない農薬の使用や、害虫を遺伝的に操作するような総合防除までも包含させることがある。その実例として、パセリ、ニンジン、野生のセリ科植物などを蜜源植物として導入することでコガネムシ幼虫に対するコツチバチの寄生率を高めたり、ミカン園にマメ科植物を植えることでその花粉も食べるハダニの天敵カブリダニを温存することや、牧草を帯状に順次播種(はしゅ)して収穫することで天敵を残す方法がある。また、果樹園では一列おきに殺虫剤を散布したり、周囲の生け垣に代替寄主のつく樹木を用いることで、カイガラムシの寄生バチや捕食虫を温存する方法が行われている。
[森本 桂]
病原微生物は温度や湿度など環境の影響を強く受けるが、大量生産の可能なものが多いことから生物農薬的な利用が主となり、林地では短期間の流行を目的とした使用も行われている。日本では養蚕地域が広いことから、これら病原天敵はカイコに影響がないことが第一条件とされ、寄主範囲の限られたウイルス病、伝染範囲の狭い糸状菌、種特異的な毒素をつくるBacillus thuringiensisの系統が利用されている。これらは散布から有効に働くまでにある時間が必要であることから、集約的な農業体系のなかでは速効のある殺虫剤のようには利用できないが、被害許容水準の比較的高い樹木や殺虫剤散布のできない牧草地などでは効果的に利用され、マツカレハ、ハラアカマイマイ、マイマイガなどの幼虫に対して多角体ウイルスの空中散布が行われており、試験的には多くの害虫防除に成功している。
[森本 桂]
オーストラリアへ侵入したウチワサボテンにサボテンガを、またカリフォルニアの牧草地に広がったコゴメオトギリソウにオトギリソウハムシをそれぞれの原産地から導入して防除に成功して以来、帰化植物に対して原産地から食植昆虫の導入が本格的に研究され始めたが、人為環境下で害草化した土着植物に対する土着昆虫の利用も考えられている。日本では草地の造成で拡大したエゾノギシギシに土着のコガタルリハムシを放飼して制圧に成功し、また水田の雑草防除にカブトエビが有効なことが確かめられている。
[森本 桂]
『安松京三著『天敵 生物制御へのアプローチ』(1970・日本放送出版協会)』▽『深谷昌次・桐谷圭治編『総合防除』(1973・講談社)』▽『石井象二郎編『昆虫学最近の進歩』(1981・東京大学出版会)』▽『村上陽三著『害虫の天敵』(1982・ニュー・サイエンス社)』▽『平嶋義宏他著『新応用昆虫学』(1986・朝倉書店)』
捕食や寄生によってある特定の種の生物を殺し,ひいてはその種の繁殖を抑えているような生物をいう。捕食性の天敵と寄生性の天敵に大別され,ヘビにとってのマングースが前者の,コガネムシにとってのツチバチ(幼虫に寄生する)が後者の例である。もともとは,人間にとって有害な動物ことに害虫を退治してくれる動物のみをいったが,生態学的には食物連鎖の上位にあって下位の生物の個体数増加を抑え,生態系の平衡を保っているものと位置づけることができる。したがって原理的にはすべての生物に天敵があることになる。
天敵を人間が利用した最初はおそらくネズミの駆除のためにネコを飼うことだったと思われるが,本格的な利用は農林業を中心として進められている。農作物害虫の防除に天敵を導入する試みがアメリカ合衆国におけるイセリヤカイガラムシに対するベダリアテントウで大きな成功を収めて以来,そうした手法は生物的防除と呼ばれ,主として昆虫を材料に広く研究されるようになった。これまで農作物害虫などの生物的防除に成功している天敵は,特定の害虫だけを攻撃する寄生バチや寄生バエがほとんどである。日本において生物的防除によい効果をあげたとされているものとしては,上記のベダリアテントウのほかにリンゴワタムシに対するワタムシヤドリコバチ,ミカントゲコナジラミに対するシルベストリコバチが挙げられるが,最近中国より導入されたヤノネキイロコバチもヤノネカイガラムシの防除に有効なことがわかってきている。
防除に生物を使うという意味で,害虫や害獣に寄生してそれらをたおす病菌やウイルスなども天敵と呼ばれることがあり,雑草を昆虫や魚を利用して退治することも生物的防除と呼ばれる(総合防除)。
植物を食う動物を攻撃する肉食動物も,食物連鎖の中のさらに高次な肉食動物によって攻撃される。こうした肉食動物には,特定の動物種だけを集中的に攻撃するものから数種あるいは不特定多数の動物を攻撃するものまである。後者の性質をもつ動物は農作物害虫などの生物的防除に用いる効率的な天敵とはならない場合が多いが,自然界においてはいわゆる生物間の自然のつりあいを保つうえで重要な働きをしていることが明らかになってきている。湖水などにこうした性質をもつ肉食魚が入ってくると,以前よりそこに住んでいた魚のはなはだしい食荒しが起こり,結果としてそこの生物相ががらりと変わってしまったという例もかなり多いし,ある草食動物の主要な制限要因となっていた肉食動物を人間が駆除してしまったため,その動物が増え過ぎて以前はつりあっていた生態系のバランスが大きく崩れてしまったという例もある。また,害虫などの生物的防除を実行する場合には,効率のよい特定の天敵を一種だけ導入するより,多少効率は悪くても性質の違う数種の天敵を導入するほうがよいのではないかという説論もある。
執筆者:宮下 和喜
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…これは害虫と同様にきわめて人為的な分け方で,利用の程度が時代によって変化するために評価も変わる。例えば作物害虫を捕食する天敵は益虫だが,その作物が栽培されなくなると益虫という評価も消えてしまう。つまりその時代の生活への貢献度によって人間が一方的に与えた呼名で,主観的かつ相対的なものであるといわざるをえない。…
※「天敵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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