婚姻前の男女の縁組の話。わが国の結婚様式は、もともと一般の人でも貴人の間でも同じく、当人同士の話し合いで決まり、実際の婚姻成立のあとになって初めて親たちや仲間に告げて、承認を得るというのがごく普通の順序であった。したがって、いまの形の縁談はまったく必要のないものであったが、鎌倉時代以降、武士階級のなかの婚姻が当事者よりも家格とか、つり合いを重視するようになった結果、遠隔の地の男女が婚姻するという形となると、どうしても最初に男女の2人の間、あるいは両家の間をとりもつ人間が入用ということになって、これが後世の仲人(なこうど)の発生となった。前述のように武士階級に発生したとしても、一般の村人はまだまだ昔風の婚姻形式を守っていた。この縁談や仲人という考え方が一般人の間に浸透して、婚姻形式が変わったのは、いわば武士階級の模倣と、その生活へのあこがれが源となっている。
[丸山久子]
乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...