日本大百科全書(ニッポニカ) 「いぼ」の意味・わかりやすい解説
いぼ
いぼ / 疣
wart
ヒト乳頭腫(しゅ)ウイルス(ヒトパピローマウイルス、HPV)により発生する皮膚のウイルス感染症。ただし、広義には皮膚に生じた小さな隆起性病変を総称する場合もある。ヒト乳頭腫ウイルス感染症の正式病名は「疣贅(ゆうぜい)」であり、もっとも多い病型を「尋常性疣贅」とよぶ。
「いぼ」という名称の由来として、昔、米粒は「ヒイボ」とよばれたことから皮膚に生ずる米粒程度の皮疹(ひしん)のことを「ヒイボ」と称し、時間の経過で「ヒ」が略されて「いぼ」になったとする説がある。
[安部正敏 2021年8月20日]
疫学・分類・病因
国内における疣贅の有病率は明らかではないが、日本皮膚科学会の調査では、外来患者のうち4.49%がウイルス性疣贅を主訴として受診していた。とくにその傾向は若年者で顕著であった。ウイルス性疣贅は「疣贅」に加え、性感染症である「尖圭(せんけい)コンジローマ」、いわゆる水いぼとして知られる「伝染性軟属腫」に分類される。また、一般に「いぼ」とよばれることがある非ウイルス性の疾患として「軟性線維腫」や「脂漏性角化症」が存在するが、これらはおもに加齢による変化であり、皮膚良性腫瘍であるため、医学的には放置しておいて差し支えない。
もっとも一般的にみられる尋常性疣贅は主としてヒト乳頭腫ウイルス2a、27、57型の感染で生じる。そのほか、多数の亜型ウイルスによりさまざまな臨床像を呈することが知られている。すなわち、その発症部位や形態により、指状疣贅、糸状疣贅、足底疣贅、モザイク疣贅、爪囲(そうい)疣贅、爪甲下疣贅、リング疣贅などに分けられる。また、ヒト乳頭腫ウイルスの型により、ミルメシア(1a型)青年性扁平(へんぺい)疣贅(3、10、28、29型)、色素性疣贅(4、60、65型)、点状疣贅(63型)、疣贅状表皮発育異常症(5、8、12、14、15、17、20、47型)などに分類される。他方、尖圭コンジローマは6、11型、伝染性軟属腫はポックスウイルスが原因で生じる。
ヒト乳頭腫ウイルスは主としてヒトからヒトへの直接的接触によって感染する。しかし、プールやジム、公衆浴場などの公共施設における間接的接触によっても感染する。通常、ウイルスは健常皮膚には感染しないが、外傷などの微小な皮膚損傷部位から侵入し、表皮最下層(基底細胞)に感染する。
[安部正敏 2021年8月20日]
症状
尋常性疣贅は通常手足に好発する。小豆大までの乳頭腫(乳頭状の皮膚の盛り上がり)がみられ、徐々に増大し融合することもある。通常、痛みなどの自覚症状はみられない。このほか、糸状疣贅は顔面や頸部(けいぶ)において糸状の乳頭腫がみられる。モザイク疣贅は、複数の足底疣贅が融合し敷石状に見えるようになったものである。リング疣贅は、疣贅が環状になった状態をいう。ミルメシアはアリ塚状の小結節がみられる。青年性扁平疣贅は顔面を主体に小さな黒褐色調の丘疹が多発する。
尖圭コンジローマは外陰部にみられる乳頭腫で、ときにカリフラワー状の結節となったり、巨大な腫瘤(しゅりゅう)を形成することもある。伝染性軟属腫は、小児に好発する、中心部がくぼんだ小結節である。
また、脂漏性角化症は、おもに高齢者に生じる褐色調の小結節である。軟性線維腫は頸部や腋窩(えきか)(わきの下)などに好発する小さな有茎性の柔らかい結節である。
[安部正敏 2021年8月20日]
診断・治療
診断に有用な臨床検査はなく、臨床症状で診断する。ただし、症状だけでは判断がむずかしい場合、患部の一部を切除し、病理検査を実施する場合もある。近年、補助的にダーモスコピー(皮膚を仔細(しさい)に観察するための特殊な拡大鏡)を用いる場合もある。
疣贅に対してもっとも行われている治療は、液体窒素を用いた凍結療法である。1~2週間ごとに、皮疹がなくなるまで繰り返して行う。その他、炭酸ガスレーザーを用いた外科的切除を行う場合もある。保険適用はないが、ブレオマイシンの局所注射やグルタールアルデヒドの塗布、活性型ビタミンD3外用薬などが有効な場合がある。また、主として青年性扁平疣贅にはヨクイニンの内服、尖圭コンジローマにはイミキモド(外用薬)が用いられることもある。他方、伝染性軟属腫は摘除を行うが、小児にとっては痛みが強く、断固拒否する患者もみられる。
[安部正敏 2021年8月20日]
経過・予後
疣贅は適切に治療すれば予後(経過)はよい。一方、放置した場合、多発するほか、他者への感染源となる。とくに性感染症である尖圭コンジローマは、本人だけでなくパートナーの検査や治療も重要である。他方、軟性線維腫や脂漏性角化症は良性腫瘍であり放置しても差し支えない。
[安部正敏 2021年8月20日]
暗示療法
日本には各地に「いぼ取り地蔵」が存在する。実際「いぼ取り地蔵」などの暗示療法(治癒に対するポジティブな暗示を与えることで効果を期待する心理的療法)の有効性について、質の高い医学論文は少ないものの、いぼの治療に暗示療法が有効であるという考えに成り立つものであり、病は気からともいうが、日本の伝統文化として興味深い。他方、海外においても「トムソーヤの冒険」に、トムとハックが「いぼ取りのまじない」について述べている場面が存在する。
[安部正敏 2021年8月20日]
『安部正敏編著『たった20項目で学べる皮膚疾患』(2015・学研メディカル秀潤社)』▽『安部正敏著『たった20項目で学べる在宅皮膚疾患&スキンケア』(2019・学研メディカル秀潤社)』▽『内藤亜由美・安部正敏編『スキントラブルケア パーフェクトガイド』改訂第2版(2019・学研メディカル秀潤社)』